第124話 せっかく再会したのに!

「また、背が伸びた。ルッツだけズルい」


 陶器人形の口から、そんな台詞が吐き出される。久しぶりに会った婚約者への一言目が、これだ。相変わらずベアトはベアトなんだと確認できて、なにか安心する。陶器人形はその無表情のまま俺の胸にぽふっと顔を埋めて、子犬のようにくんかくんかと何かを確認している。


「やっぱり、ルッツはいい匂いがする」


 あれ、王宮に上がる前に、風呂に入って来たのになあ。まだちょっと、汗臭かったか?


「そんなんじゃない」


「え?」


「寂しかった。ルッツがいない王都は、色を失った世界のようだった」


 見上げる翡翠の瞳から、何かの感情が溢れている。


「もちろん、私が王太女になり、婿のルッツが活躍したことで、多くの者は好意的になっている。だからむき出しの悪意を向けられることは減っている」


 減っている……ということは、まだそれなりに、敵対する勢力がいるのだろう。ベアトは日々、それを陶器人形のような仮面で跳ね返しているのだ。それでも有形無形の悪意の矢が次々と心に突き刺さって……彼女に苦痛を与えているのだろう。


「大丈夫、私は強い。だけど時には癒やしが欲しくなる。母様は優しいし、リーゼもよく構ってくれる……だけど彼女たちは、こうやって包みこんで、癒やしてくれない。ルッツの匂いをかいでいると、とっても落ち着いた気持ちになれるのだ」


 そんな可愛いことを言いながら、俺の胸にぐりぐりと顔を押し付けてくるベアト。この世界の中でも小柄な彼女と、ここんとこ背が伸びまくった俺は、そんな高さ関係になってしまうのだ。思わず保護欲をそそられて、その細く頼りない上半身をぎゅっと抱きしめてしまう。


 やっぱり俺って、ベアトの中では父親枠なんだろうな。優しく包んで、黙って話を聞いて、そして守ってあげる……信頼され、愛されていることは確かなんだろうけれど、そういう役割の俺が、娘枠のベアトと子作りすることは、ありなんだろうか? むしろ父親枠の男とそういう関係になることは、ベアトを傷付けたりすることにならないかなあ。


「そんなことはない」


 胸の中から、声がする。それはいつものクールボイスと違って、濡れたような響きの、感情豊かなアルトだ。


「ルッツの想像している通り、私はルッツの中に父親像を求めているのかも知れない。だけど誤解しないで欲しい、私が君を牡として求めていること、これだけは疑わないで。一刻も早くルッツと愛し合って、その証をお腹に欲しい」


 陶器人形のクールフェイスから、ずいぶんと生々しい台詞が紡ぎ出される。そのギャップに思わず理性をふっとばした俺は、ぐっと彼女を抱き締めて……両手の動きをその次へ進むものに変えようとした。


「ここではだめ。二人だけではないのだから……やっぱりルッツは猿並み」


 声のトーンがいつもの冷静なものに戻ったのを感じて、俺もはっと我に返る。そういえばそうだった、今日は婚約者の王女に無事帰還を報告するため、忙しい公務の合間に作った隙間時間に伺候しただけであって……傍らに立つベアトの秘書と侍女が、野獣になりかけた俺に、目を丸くしている、これはしまった。さすがは筆頭種馬、いつでもどこでも……とか彼女たちには思われちゃってるのだろうな。王宮中でからかい混じりに「バーデンの種馬」とか噂されるのが確実だ。


 あわてて細い身体を解放する俺の姿に薄く微笑んだベアトが、なにやら背伸びなどしようとしている。俺が彼女の背丈に合わせてかがむと、耳に口を寄せて囁いた。


「結婚式の夜を、楽しみに待ってる」


 そして、頬に柔らかい感触と軽いリップ音。これでお預けとか、もうたまらんわ。多少人が見てたって構うものか、せめて彼女の甘い唇を……身体と同じく小さいその頭蓋を引き寄せようと頸の後ろに手を回したとき、ベアトの桜色した唇が開いた。


「ルッツ。王都に戻ってきたばかりで済まないが、種付けの仕事を、よろしく頼む」


 え、この状況で、それ言うか? せっかく久しぶりに会って想いを確かめ合って、めちゃくちゃいい雰囲気になったと思ったのに……


 ベアトがこういう言葉を口にする時は人形みたいに硬い表情になる。デレる時の可愛らしさをどこかにおいてきたかのように、クールそのものの顔だ。


「大丈夫、結婚式まであと一週間もある、その間に種が付くだろう」


「いや、そういうことじゃなくて……一週間後俺はベアトの夫になるわけだよね。その男に、他の女を抱かせるの?」


「抱かせる。私はルッツが好きだ、一生添い遂げたいと思っている。他の女と同衾など、させたくないに決まってる。だけどルッツの『神の種』は価値が高すぎて……自分の感情を殺しても、要求を飲まねばならない時もあるの」


 次期女王のベアトでも「要求を飲まざるを得ない」相手って……俺は脳内で、せっせと暗記した王国高位貴族名鑑のページをめくる。


「種付け相手は、宰相アイゼンベルク侯の次女、アデルハイド嬢」


 え、それって確か……むしろベアトにしてみたら、敵方のお家では?


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