第125話 主人公は俺?
見目麗しい高貴な少女との結婚式を目の前にしているというのに、そのお相手である婚約者から「他の女に種付けして来なさい」と命じられた俺は、かなり情けない状況だ。だけどいつまでも王宮でぼんやり座っているわけにもいかないよな。とりあえずしばらく滞在する実家、フロイデンシュタット邸に帰って、落ち着きを取り戻すとしよう。
「いよいよ来週だね。ルッツを殿下と呼ぶ日がくるんだなあ」
「うむ、幼かった我が子が立派に成長し、国を背負って立つ日が来るとは……感無量だよ」
実家に戻ると、ジーク兄さんと父さんが優しく出迎えてくれた。十七歳の兄さんは完璧な美少年ぶりはそのままに、何だか大人っぽい陰りのようなものを加えて、男の俺から見てもますますカッコよくなっている。父さんは相変わらずのナイスミドルぶり、あまり変わってないな。
いつもだったらその分厚い胸部装甲で熱烈にぎゅうぎゅう抱きしめてくれるはずの母さんはと言えば、リーゼ姉さんと一緒に東方国境へ魔物討伐に出張中なんだ。なんでも結婚式の前日にようやく戻って来る予定なんだとか。いやはや、姉さんは仕事にも学びにも、とにかく真面目だからなあ……元世界だったら、絶対社畜って呼ばれるタイプだよな。
働き手としても種馬としてもイマイチだったマテウス兄とニクラウス兄は、この家から出て暮らしているらしい。自分で食う道を見つけたのならそれはそれで立派なものだと思ったのだけれど、実際には放蕩三昧でいわゆる「働いたら負け」状態なのだそうで……結局のところ父さんが多額の仕送りをする羽目になっているとか。なんだかなあ。
「殿下とかいうのは、勘弁してくれよ。俺はあくまで、フロイデンシュタット家の四男でいたいんだ」
「まあ、そういうわけにもいかないかな、だって、王族の一員になるのだからね。その上ルッツは今や、王都の令嬢たちがみんな憧れる、アイドルになっちゃってるんだからね、きちんと敬意を表さないと、彼女たちに叩かれちゃうよ」
「え? なんのこと?」
「あれ? 聞いてないの?」
いやいや、さっぱりわかんないよ。アイドルって何なのさ?
「そうか、バーデン領まではまだ噂は届いてないのかな。じゃあ、久しぶりにちょっと街に出てみようか?」
ジーク兄さんがいたずらっぽい顔をして、俺を街に連れ出す。
フロイデンシュタット家のタウンハウスは一応上流貴族街にあるのだが、そこから長い坂を一本下るとダウンタウンに出る。大商会とか大規模ギルドの本部なんかが軒を連ねる、王都最大の繁華街だ。もちろんビジネス関係だけじゃなく、飲食や娯楽関係の店だってたくさんあるんだ。ジーク兄さんはそんな中の一軒、ちょっとお高めに見えるレストランをさりげなく指さす。
「ほら、あそこを見てごらん?」
「え? なんか絵が描いてある、あの紙のこと?」
そう、レストランの入り口に、なんか奇妙な貼り紙がしてあるんだ。よく見れば、金髪やストロベリーブロンド、ライトブルーとバラエティ豊かな三人の美少女たちがさまざまな決めポーズをとっているその中心で銀髪の美青年が一人、ずびしとこっちを指さしてカッコつけている。かなりわざとらしいノリだけど、それは昭和の頃は普通に街で見られたもので……
「なんか、昔の映画ポスターっぽい……」
そう、過剰に演出され強調されたその構図は、昔の映画館にベタベタ貼ってあった、宣伝ポスターとか、壁絵にそっくりなんだ。昭和も後半になるとそういう派手なのは消えちゃってたから、俺もうんと子供の頃にしか見かけなかったけどな。
「ルッツはまだ時々、僕らには理解できない言葉を使うよね。『映画』ってのは知らないけど、あれは演劇公演の宣伝ポスターだよ」
「ふうん……で、あれがどうしたっていうの?」
「ルッツは賢いくせに、時々察しが悪くなるよね。三人の女性、そして一人だけいる男の容貌を見て、何か気付かないかい?」
「そんなこと言われたって……あ、もしかして?」
さすがに鈍い俺でも、わかってしまった。派手派手しくデフォルメされていたから最初はわからなかったけど、あの豪奢な金髪と翡翠色の瞳、そして陶器人形のように白くクールな表情……あれってもしかしなくても、モデルはベアトだよな?
他のメンバーは当然、ストロベリーブロンドで長身の活発そうな娘がグレーテル、最後の透明感あふれるライトブルー髪の少女がリーゼ姉さんってことになるわな。そうなると、彼女たちに囲まれて恥ずかしい決めポーズをとっているあの銀髪青年は、考えたくないけど……
「そう、あれはルッツ、君だよ」
「じゃあ、演劇って言うのは……」
「うん。もちろん、ルッツが強く美しい女性たちを支えて、帝国の侵略からベルゼンブリュックの民を守るべく、大活躍する物語に決まっているじゃないか!」
うはあ、誰か嘘だと言ってくれよ。俺はこっちの世界では地味に生きたかったのに、これじゃあ悪目立ちじゃないか!
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