第126話 そんなに悪くない?
「どうだった? 悪くないだろう?」
ジーク兄さんのニヤニヤが止まらない。わざとらしく美化された演出を俺が嫌がっているのを見て、面白がっているんだ。
兄さんは最初から、この演劇を俺とその婚約者たちに、見せるつもりだったらしい。その夜の公演で二階のボックス席をもう押さえてあって、俺とグレーテル、そしてアヤカさんを招待したってわけだ。ボックス席は貴族や裕福な商人などのためのもので……幕間にはワインなども供され、至れり尽くせりだ。
演劇自体は、帝国との戦争にまつわる一連のあれこれをドラマチックに脚色したもので、大衆娯楽としてはまあ、悪くなかった。というより、シナリオも練り込まれて適度に泣けるし、俳優たちの演技もすばらしく、かなり楽しめる内容だったと思う……それが俺が主役のストーリーじゃなかったらだけどな。
そして俺に関する演出は、過剰極まりなかった。わざとらしいベアトとの出会いエピソードを捏造され、視線が合った瞬間に恋のレーザービームが二人の間にびびっと走ったことになっているのは、笑うしかない。もちろんグレーテルとの間柄も幼馴染同士のピュアな友愛がやがて熱い恋に……という微笑ましいものに描かれていて、俺を殴る蹴るしたことなどは、当然まるっと無視されている。
そんな俺は、リーゼ姉さんを含めた三人を徹頭徹尾信じ、深く愛しそして尊敬し、無償の励ましと助言を与え、彼女たちに勝利をもたらす……姉さんの恐るべき水魔法が公国軍を壊滅させ、グレーテルの光剣が王国軍の活路を拓き、ベアトの魔法が帝国軍を縛る。そして戦禍に荒れ果てた国土を嘆く民を、ベアトがその優しい木属性魔法で救うのだ。演劇の中では、それぞれのイベントごとに俺が彼女たちに策を与え、ある時は抱き締めつつ励まし、ある時は口づけて愛をささやく。たったそれだけで女性たちは俺を想う力で奮い立ち、自分本来が持つ能力をはるかに超える力を発揮して、ベルゼンブリュックを救う英雄となるのだ。
このシナリオを深読みすれば、俺が魔力モバイルバッテリーをやってるってことがバレそうなものだけど……わざとらしく「愛の力」演出で美化しまくったことで、逆に「これは演劇だからなあ、リアルでは無いよな~」という気分にさせてくれる。
そして何より、主演男優がカッコいいのだ。二十歳くらいの役者は俺と同じ銀髪だけど、俺が持っていない大人の色気を振りまいて、観客女性の視線を鷲掴みしている。これを見た彼女たちが実物を見たら「なんだあ、こんな子供だったんだあ?」とか言われてしまいそうだ。おまけにこの男優、わずかの間があれば必ず女性たちに「愛してる」「信じている」「綺麗だ」「貴女ならできる」「俺のために貴女の力を」とか言い続けるんだ、こんな恥ずかしい行動、昭和メンタルの俺が出来るわけないだろう。
う~ん、観客が喜んでいるのは結構なんだけど、自分が娯楽のダシになるのは、かなり不本意なんだけどなあ。
「素敵でした。まるで本当のルッツ様がいらっしゃるようで」
意外なコメントは、アヤカさんのものだ。「裏」の妻であるアヤカさんはもちろん演劇に登場しない。そのへんモヤモヤしたりしないのかなと少し心配していたのだが、彼女は素直にこのドラマをエンターテインメントとして楽しんでいたようだ。
「いや俺、あんな恥ずかしい台詞を連発できないし……」
「それは舞台の演出と言うものでしょう。もちろん奥ゆかしいルッツ様はあのように軽い言葉を並べ立てることはなさいません。けれど、困難に立ち向かう力を私たちに与えて下さることは、演劇と同じです。私は胸を熱くしました」
いつも理性的で控えめなアヤカさんが、少し頬を桜色に染めながら、興奮した調子で演劇を褒めそやすのに当惑してしまう。
「うん、私も感動したわ。本物のルッツはあんなわざとらしく愛の言葉をささやいたりしないけど、伝わってくる『気持ち』は同じ。ルッツの言葉で魔法にかかったみたいに力が発揮できるのは、演出じゃなく事実だもの」
え、グレーテルまでそんな。まあ彼女は粗暴だけど、根はロマンチストな純情娘だからな。それにしても、彼女がこんなに素直に俺への想いを口にしてくれるのは嬉しい……あんな情緒的演出にも、感謝しないといけないか。
「こんな素敵なドラマの主役と結ばれるかと思うと、どきどきが止まらないわ。式までのあと数日が待ち切れない……」
そこまで絶賛するか。まあ、元世界でも演劇や歌劇は、演出も演技もわざとらしく大げさで……だけど観客を惹きつけ、コアなファンは毎回通い詰めていたっけな。リアルのストーリーを知っているアヤカさんやグレーテルでも絶賛するのだから、一般客に人気が出るのは当たり前か。
「そうさ、この演劇のおかげでルッツの株は王都で急上昇中、みんなが結婚式で王女の配偶者をこの眼で見るのを楽しみにしているってわけだ。嬉しくはないだろうけど、これもベアトリクス殿下のためと思って、諦めるんだね」
「ベアトのため?」
「そうさ。貴族の支持が弱いベアトリクス殿下の地位を安泰ならしめるためには、みんながうなずく結婚相手が必要なんだ。ルッツはこの間侯爵に叙せられたとはいえ……元は伯爵家の四男でしかない。国民を味方につけるために……ルッツは救国のヒーローを演じなければならないんだよ」
はぁ。まあそんなことじゃないかと思っていたけど、げんなりだ。しかし、ベアトのためか……この羞恥プレイに、耐えるしかないのかなあ。
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