第163話 あとしまつ

「ようやく母様も納得した」


「え、何を?」


 相変わらずベアトは身内に対して、言葉が足りない。何を納得したっていうんだよ。


「もちろん、クラーラ姉が今後いかなる政略結婚もせず、生涯独身を守ることだ」


「はあっ?」


 余計わからん。そりゃ子供がデキたんだからすぐ誰かと恋愛するわけにはいかんだろうが、王女様だったら子持ちだろうがなんだろうが、不純な動機でも伴侶に立候補する男は多いだろうよ。特に、宰相派の中で力を増そうと思っている貴族は、一族の中から見目麗しい若い男を進んで差し出すのではないかな。


「ルッツは、時折とても鈍くなる。もはやクラーラ姉は、ルッツ以外の男にその身を触れさせることなど、絶対拒否するはず」


 え、そうなの? 中世的なこの世界では、王族や貴族の結婚なんてすべからく愛のない、利害に基づく結婚のはずで……「いい子」のクラーラは、それを理解しているはずじゃないの?


「ルッツの考えていることは正しい。私もかつては、そう思っていた」


 うん? なんかベアトの言うことも、微妙に不気味なニュアンスを帯びてきたぞ。


「だが、ルッツに触れて、そして抱かれてみれば、もう他の男と結ばれることなど、微塵も考えられなくなるのだ。私もそのあたり、甘く考えていたけれど……気がつけばもはや、ルッツに囚われて、離れられなくなってる」


 むむっ。ぶっきらぼうな言いようだけど、これはもしかして、思いっきりデレられているんだよな。最初は俺の種を確保する的な、打算で始まった関係だけど、今のベアトは真剣に、俺を想ってくれているんだ。何だかじわっと嬉しさがこみ上げる。


「もちろんルッツは私の配偶者だ。さすがに表向き対立しているクラーラ姉と結婚することは、貴族たちにも国民にも、認められまい。だから、誰とも結婚しないで、独身を通すのだ」


 う〜ん、それって、クラーラにとっては不幸なんじゃないかなあ。昭和時代みたいに「女の幸せは結婚だ!」なんて言う気はないけど、ともに手を取って生きるパートナーがいるかいないかどっちがいいかってなったら、やっぱりいたほうが断然いいだろう。


「大丈夫だ。クラーラ姉には、凄い才能を持つ子供が授かるはず。Sクラスの光魔法を受け止め、それを助けることができる胎児など、前代未聞だ。魔力量はそれほどじゃないかも知れないが、抜群の魔法制御力を持つ子が産まれることは間違いないぞ。そしてその子は、姉様が愛する、いやもはや崇拝する男、ルッツの分身なのだ……姉様にとってはそれを守っていくことが、生きていく目的であり、喜びになるだろう」


 うぐっ、クラーラが俺に向ける気持ちは純粋でとても嬉しいけど……何だか執着に似てやけに重たい。これからいろんな女と何十人も子作りをするであろう俺には、もったいないんだよなあ。


「クラーラ姉の気持ちは、私にもよく理解できるぞ。ルッツはもはや、ベルゼンブリュックにとって、かけがえの無い宝だ。だと言うのに……今日のルッツは、自身の生命を顧みず、私と、腹の子を救ってくれた。ありがとう、世界で一番、大好きだ」


 そしてベアトも、クラーラみたいに盲目的な純粋さはないけど、同じくらい強い想いを抱いて、翡翠色の上目遣いを向けてくれてる……思わず口付けて、夢中でお互いを探り合ってしまうのは、男としては仕方ないだろう。だが、腰に回した俺の手がさらにイケナイ動きをしようとするのを、ベアトは優しく押し止めた。


「さすがに、腹の子に障る。初めての子だから、いろいろ私も怖いのだ。ルッツが求めてくれるのは嬉しいが、それは無事にこの子の顔を見てからにしよう」


「う、うん」

 

 ダメだなあ俺は。ベアトが新しい生命を一生懸命守ろうとしているのに、すぐ誘惑に負けて、思春期の猿になってしまうのだから。


「私よりも、今晩抱いてやるべき女がいるであろう。今日一番の功労者を、忘れてはだめだ」


 その示唆を理解できないほどには、俺も鈍くない。静かにうなずきつつ、活き活きと躍動するストロベリーブロンドを、脳裏に浮かべた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「今回の事件については、少し黒幕が辿れそうだと聞いているわ」


 まだ少し息を乱している幼馴染が、俺の左腕にささやかなふくらみを押しつけながらつぶやく。今回の襲撃背景については闇一族が全力を挙げて探っているのだが……その報告は俺に直接ではなく、最近グレーテル経由で入るようになっている。アヤカさんの結婚式準備で族長カナコさんとグレーテルがやたら意気投合したってこともあるのだが……どうも王都にいる闇一族の者たちは、シュトゥットガルト侯爵家の実権が「奥様」に握られているとみなしているようだ。


 実行犯に直接指示していたのはヴェルダン子爵という小物だが、彼が自ら王太女殺害を企図するとも思えない。当然そこには公侯爵クラスの大物黒幕がいると思われるのだが……敵だってバカじゃない、そのへんのつながりを証明するようなものは、残していないはずだ。


「そうか……カナコ族長に、期待するしかないな」

 

 いずれにせよ、ベアトを狙う奴は、絶対許さない。俺とグレーテルは、視線で決意を伝えあった。

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