第162話 クラーラとの再会

 女王陛下のお説教からようやく解放された俺は、クラーラの様子を知りたくて、彼女の宮に足を向けた。バーデンでのあれこれがバレないよう、意識的に接触を避けてきた俺たちだけど……不本意ながら今日の騒ぎに関しては、俺も主役の一人だったからな。傷付いた王女を見舞うことも、不自然な行為に見えないだろう。


 だが、王女宮はクラーラ派……というより宰相派の貴族であふれていた。皆がクラーラに会わせろと騒ぎ、それを押し止める侍女や護衛騎士が入り交じって、もうてんやわんやだ。


 こんな状況で面会を求めても、混乱に拍車をかけるだけ、王女宮に勤める女性たちの迷惑になるだけだ。そんな風に諦めて、帰ろうとした俺の袖が静かに引かれた。振り向くとそこには、見覚えある侍女さんの姿が。ああこの人、聖職者コスプレでバーデンに来てくれた、光魔法使いさんだ。


「ルッツ様、こちらへ……」


 お姉さんにいざなわれるまま、物置のような小部屋の奥から細い通路を抜けると、そこはクラーラの寝室だった。天蓋付きの豪奢なベッドに、俺の子を宿した王女が横たわっている。


「クラーラ様、ルッツ様がお見えですよ」


「……はっ、あ、ルッツ様……こんな格好で」


「どうかそのまま。貴女はさっきまで、死にかけていたんですよ」


 薄目を開いて俺の姿を見つけたクラーラが身を起こそうとするのを、侍女さんと一緒にあわてて止める。


「そうですね……また私は、ルッツ様に助けられてしまいました……」


「何を言ってるんですか、クラーラ。貴女の『身代わり人形』がなかったら、俺は間違いなく、あの場で死んでいました。俺の生命を救ってくれて、ありがとう」


 そうだ。あの呪いが俺に降り掛かっていたら、グレーテルがいくら治癒魔法を頑張ってくれたって、バッテリーの役目も果たせないし、お腹の子のヘルプもない。間違いなく詰んでいただろうなあ。


「ルッツ様に、そんなことを言っていただけるなんて……嬉しいです」


 茶色の目から、透明な雫が溢れ出す。グレーテルならドヤ顔をするところなのだろうが……このお姫様の謙虚なことは、魔力が増えても変わらない。


「だけど、クラーラにお願いがあります」


「何ですの?」


「もう二度と、俺のために生命を捨てるようなことはしないでください。今回のことはすごく感謝しています。感謝していますが……俺は自分のせいで女性が不幸になることが、耐えられないんです。クラーラには、自分自身と……お腹の子供を第一に考えてほしいんです」


「……そうですね。子供の安全に思い至らなかったことは、私の浅慮でした」


 少し顔を伏せて、彼女がつぶやくように言葉を紡ぐ。


 よし、わかってくれたか……安堵のため息を付いた俺は、甘かったらしい。クラーラはその視線を真っ直ぐ俺に向け、きっぱりと宣言したのだ。


「お腹の子を守ることは、お言いつけ通り、最優先いたします。だってこの子は、ルッツ様の分身なのですから。ですけど、この子が無事に生まれた後は、私は何よりもルッツ様の身を優先しますわ」


「いや、だから俺は女性を不幸にしたくは……」


「もう私、ルッツ様のいない世界は考えられませんの。ルッツ様が先にお亡くなりになったりしたら……生きていく意味がございません。ですから、この子を産んだら、早速また身代わり人形を作りますわ。ええ、必ず身に着けていただきますからね……」


 こ、怖い……何だかクラーラが、まるでストーカー、いやむしろ教祖様を崇める信者モードになってしまってる。ご主人に忠実過ぎる侍女さんたちも、助けてくれる気配はない。


 まあ、仕方ないか。こんなに想ってもらえるなんて、ある意味幸せだ。そして彼女が俺の生命を救ってくれたのは、紛れもない事実なのだ。そして、こんなに熱情にあふれる濡れた瞳で見つめられたら……その唇に己の唇を重ねる欲望に耐えるなんて、できるはずもない。


 激しくはないけど、長い長い口づけの後に、クラーラが深くため息をついた。


「私、幸せです。もう二度とこんなことは、できないと思っていましたのに」


 そうだよな。俺は表向き、クラーラの対抗馬ベアトの婿……いわば敵対関係とみなされている。おまけに普段の彼女は周囲をがっちり宰相派の貴族たちに固められていて……これまで言葉を交わすことさえできなかった。こんな事件が起こって初めて、バーデン以来の逢瀬がかなったのだから。


「今日の想い出を胸にしまって、この子を守ってゆきますわ」


 そんないじらしい言葉とともにクラーラがゆっくりとさする下腹部が、また薄く光を放ちはじめる。まるで母親の心に、応えるように。それとも、さっきのキスで過剰魔力を供給してしまったからなのかな。


「私を守ってくれてありがとうね、ルイーゼ」


「え、もう名前まで決めているのですか? そもそも女の子とは限らないのに……」


 いや、限っちゃうか。俺がこの世界で作った子供はもう二十人近いけど、見事にみんな女の子だもんな。俺といたした女性の満足度について、考えさせられる結果ではあるけど……これも『神の種』チートだと受け止めるしかない。


「ええ、私にはわかります。お腹にいるのは女の子、それもルッツ様の銀髪とエメラルドの瞳を受け継いだ、珠のように美しい姫ですわ」


 何かその予言も、怖いんだけど。容姿まで決めてかかってるとこが、特に。


 そういや俺の子供って、なぜか俺に似てないんだよな。みんなお母さんの容姿を受け継いで……銀髪なんか一人も生まれていない。だけどクラーラは、生まれてくる子供は俺にそっくりだって言うんだ。


「ですから、私はこの子を『ルイーゼ』と名付けました。ルッツ様と同じ頭文字『L』をいただいて……」


 うん、クラーラ。そんなに一途に想ってもらえて嬉しい、とても嬉しいけど……重いよ!




◆◆◆ 気が付けば、年間総合10位になっていました! 累計総合は100位! 読んでくださる皆様に感謝です! 書籍は表紙絵も上がってきて順調です。 コミカライズのお話もいただいており、とてもワクワクしています ◆◆◆

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