第161話 許して、陛下!
「ヴェルダン子爵……こいつもやっぱり小物。財務大臣の腰巾着だが、大臣はこの件に直接は関わっていないだろう」
ベアトがため息をつく。もう少し大物に行き着くかと期待していたのだが、さすがに本当に悪いやつは荒事になんか手を出さず、取り巻きにやらせて自分は口を拭っているものらしい。
女神官が嘘をついている可能性は、この場合考えずともよいだろう。俺たちが彼女に質問を浴びせている間、ずっとベアトが「精霊の目」で返答の真偽を見極め続けていたのだから。まるで高性能嘘発見器みたいなこのスキルのおかげで、血なまぐさい拷問なんかをする必要がなくて、実に助かっている。
「すまぬのう。王室に害なす者が、教会の人間から出るとはの……若いが実に優秀で、真面目な神官であったのだが」
もはやすっかり顔なじみになった枢機卿のお婆ちゃんが肩を落とす。あんな大事な儀式のヘルプをさせていたくらいだから、お気に入りの娘だったのだろう。まあ、故郷に残した家族を人質に取られての犯行だったみたいだから、止むにやまれずってやつなんだろうな。
「しばらくは闇一族でかくまうが、最終的には御屋形様のもとに置いてもらうことになろうの」
カナコ族長がまた面倒を押し付けてくる。まあそれも仕方ないか……彼女は悪事の生きた証拠、牢屋なんかに入れておいたら、黒幕がその存在を消しに来るのは見えているからなあ。それにしても、族長まで俺を御屋形様呼ばわりするのはやめて欲しい。忍者の当主はマジ勘弁なんだけど。
「悪の元凶をたどるのは、我々に任せておけば良いわさ」
族長の笑いがシャレにならないほど不気味だ。こないだ俺を襲撃した連中の直接のバックであったゲルミン子爵は、三日前から行方知れずになっているという。もしかして……というかたぶん、闇一族の手に落ちて苛烈な尋問、いや拷問を受けているのだろう。
「それで、あの短刀は……」
そう、あれはすごい力を持っていた。刺した人間の生命力を継続的に吸い取るとか、魔法というより、もはや呪いだろ。グレーテルとお腹の子が力を合わせなければ、今頃クラーラの生命は失われていたはずだ。
「残念なことじゃが、あれは明らかにアキツシマで造られたものだのう。もはや我々一族では込めようもない強力な闇属性魔法が付与されておったゆえ、二百年や三百年は昔のものであろうがの」
カナコ族長にも、その出どころはわからないらしい。アキツシマを出た一族はいくつものグループに分かれて大陸のあちこちに流れていったというから、その分派の一つに伝わっていたのかもしれないなあ。
「あれは教会で預かる。一週間も祈り続ければ、さすがに解呪出来よう」
枢機卿猊下の言葉に胸をなでおろす。これ以上厄介事を抱え込みたくないからな。ホッとしたところに、部屋の入口でざわめきが起こり、扉が慌ただしく開き……ベアト以外の一同が皆、頭を垂れる。もちろん、俺もだ。
「母様、クラーラ姉は」
「うむ、落ち着いた。グレーテルの魔法で外傷は完全に癒えたし、実に不思議なことだが腹の子が中から回復を助けているようだ」
グレーテルを従えて部屋に入ってきた陛下の言葉に、ベアトがほうっと安堵のため息をつく。表立って親密な様子を見せることができない姉妹だが、結びつきは強いのだ。
そして陛下は、おもむろに俺に微笑を向けた。
「ありがとうルッツ、身を呈してベアトを守ってくれたのだな。まさに王配の鑑……と言いたいところだが、そなた自身の生命も、大事にせねばならぬぞ」
「はっ」
いやまあ、生命を粗末にしたつもりはないし、俺だって痛いのは嫌だよ。だけど目の前で大好きなベアトが、俺の子を孕んだベアトが傷つくと思ったら、身体が勝手に動いちゃっただけで。俺がそんなことを思ったのを察したのか、陛下が口角をきゅっと上げた。
「そこでとっさに動ける男が、この国には居ないのだよ」
どうやら褒められているらしい。しかし叱られずに済んだことにほっと安心した俺は、かなり甘かった。
「それはそうと……クラーラとなぜそういうコトになったのか、きっちりと説明してもらおうではないか」
優しかった声音が、氷のように冷たく変わる。こ、これは終わった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
結果から言えば、俺の首はなんとかつながった。
蛇ににらまれた蛙のように固まっている俺に代わって、いつも言葉が足りないベアトが今日ばかりは熱弁を振るい、クラーラを懐妊させることで後継争いを収束させたい狙い、そして第一王女たる彼女に付けるにふさわしいのは「神の種」であること滔々と説いたのだ。
「まあ、確かにクラーラを争いから外すに有効な策ではあったと思うが……」
「だけど考えが足りなかったのは、反対派がこれほど過激な行動に出るとは思わなかったということ。結局姉様を危険にさらしてしまった」
「うん、そこは反省しなさい。だが、まさかクラーラが『身代わり神像』を男に作ってやるとは思わなんだ。それも、妹婿にの……」
こればかりは、面目ないとしか言いようがない。あの可愛い人形が、そんな重たい意味を持つなんて、知らなかったんだよ。
「また例によって、ルッツがたらしこんだらしい」
「なんでだよ……」
「そうなのです! 何しろルッツは……」
不本意な言われように俺が抗議する声におっかぶせて、グレーテルがバーデン領でのあれこれを延々ぶっちゃけた。抜群に鍛え抜かれた魔法制御力を持ちながら魔力不足が災いして、これと言った活躍ができていなかった彼女に自信を取り戻させるため、俺がやったあれこれを、漏らさず隠さず、全部。
「……のうルッツよ。世間ではそれを『たらしこむ』と言うのだ。クラーラが自身の生命を捨ててもお主を守りたくなるのも、道理というもの」
うっ、女王陛下まで、俺を生暖かい目で見ている。
「まあ、王女を孕ませたのだ。責任は……取るのであろうな?」
え〜っ! これって、公認姉妹丼ってことなの??
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