第12話 お婿さんの立場
「うっ、いてて。もう少し優しくして……」
馬車に放り込まれほうほうのていで伯爵家に帰った俺は、ジーク兄さんと執事のアヒムから甲斐甲斐しく手当をしてもらっている。突然鬼になったグレーテルにめちゃくちゃしごかれ、全身が打ち身と筋肉痛だ。そもそも魔法抜きでも絶対敵わないのに、奴は光魔法の身体強化をたっぷり乗せて俺を打ち据え、投げ飛ばし、しまいにはヤクザキックまで入れてきやがった。
「グレーテルは、英雄の再来と言われている若き女傑だからね。さすがにここまで痛めつけるのはやりすぎかなと思うけど……話を聞く限り、今日はルッツが悪いよ」
「何でだよ……」
「どう見ても、彼女はルッツに好意を持ってるじゃないか。好きな男が目の前で、別の女……それも情を交わした女を、鼻の下を伸ばしてべた褒めしているんだ。鬼にもなろうってもんじゃないか」
いや、さすがにそれはないわ。確かに幼馴染で、遊び相手としては結構気に入られている自覚はあるけど、異性としては見られていないだろ。そういう色っぽい感情があったら、ここまでいたぶられるとは思えないが。
「彼女の性格は、苛烈だからねえ。気に入られたのが運の尽きと、諦めるんだね」
兄さんは独り決めしてにやにや笑っているけど、俺は納得いかないぞ。まあ確かにグレーテルは非の打ち所がない美少女だし、魔法剣を振るう姿は惚れ惚れするほど美しい。性格はかなりアレだけど、彼女の隣に立つ自分の姿を想像すると、ちょっと胸が浮き立つような感じがする。あくまで、ちょっとだけだけどな。
だけど、俺と彼女が手を取り合って生きる未来は、どう考えてもないだろう。グレーテルは名門ハノーファー侯爵家の跡取り娘で、おまけに「英雄の再来」だ。本人がどう思おうと、侯爵家当主はこの貴重な娘に、最高の種馬をつけなければならないと思っているはずだ。
この世界で家門を栄えさせるためには、どれだけ優秀で魔力の高い女子を儲けるかにかかっている……男と違って子供を何十人も作るわけに行かない女性の立場からしたら、子供が持つ魔力の八割を決めると言われている「種」を厳選するのは、当然のことだ。おまけに侯爵家は豊かな領地のおかげでカネに困っていない。天賦に恵まれた彼女が成人したら、さっそくスタッドブックの一頁目か、悪くたって三頁目あたりの「種馬」が、間違いなくあてがわれるはずだ。かつて「英雄」と讃えられた母さんも、そうであったように。
そんなことを思って憂鬱な表情になった俺を元気づけるように、ジーク兄さんがポンと背中を叩いて去っていく。それはごくごく軽い一撃だったけど、グレーテルに痛めつけられた背中が悲鳴を上げて、俺はしばらくベッドで悶絶するのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その晩はとっても珍しいことに、晩餐の席に母さんと父さんが揃っていた。並んで座る二人の向かい側には、俺とジーク兄さん、そしてリーゼ姉さん。長兄次兄の二人がいないのは、いつものことだ。超良血の血統だけをセールスポイントにして、今晩も一夜のお相手に自分を大安売りしているのだろう。
「あら、グレーテルちゃんが、そんなにルッツを気に入ってくれてるのね。これは近々侯爵家に、ごあいさつに行かないといけないかな?」
「いや母さん、そういうんじゃないから……」
さっきの話を兄さんが面白おかしくみんなに披露してしまったので、俺は必死で言い訳をする羽目になっていた。
「まあ、そうじゃないかとは思っていたのよね。ルッツとグレーテルちゃんはちっちゃい頃から特別仲良しだったし……侯爵家の「婿様」狙ってみる?」
「俺はそんなの興味ないよ」
「あらあ、お婿さんは悪いものではないわよ。立場が安定して、老後の心配もしなくていいし、ある程度は尊敬もしてもらえるしね。まあ、それなりに家門のために役に立たないといけないけど……」
そう言いながら母さんが、傍らの父さんに視線を向ける。
「わが伯爵家は、有能なお婿さんに来てもらって幸せよ、アルブレヒト。こんなにいい子たちを授けてくれたし、ね」
「うむ、そう言ってもらえると嬉しいよ。私も貴女と寄り添えて、これ以上の幸せはない」
なんだか目の前で、くっさいメロドラマが展開されてる。仲良きことは結構だけど、できれば子供のいないところでやって欲しい。
「だからルッツも、頑張りなさい。グレーテルちゃんは可愛いけど、稀代のじゃじゃ馬と言われているわ。嫌われないようにね? ルッツだって彼女が、好きなんでしょう?」
「まあ、嫌いじゃないけど……彼女の才能を考えたら、一人目や二人目の種付相手に、無名の俺が選ばれる可能性は、ないんじゃないかな」
「そうね……だけど、彼女は特別意志の強い娘よ。本当に好きな人との子を授かるためなら、何でもやるはず。侯爵様の意向に背いても、ね」
お願いだ、母さん。怖い予言はやめてほしい。自分が狩りの獲物みたいに思えてきたよ。だけど……グレーテルがそこまで俺を気に入ってくれてるとは、思えないけどなあ。
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