第13話 リーゼ姉さんの屈託
華やかで明るい母さんは、いつだって場の主役だ。ワインで頬を染めつつ、まだにぎやかにしゃべりまくっている。俺をいじるのにようやく飽きたのか、そのはしばみ色の瞳を、姉さんに向ける。
「来週は卒業のパーティね、あつらえたドレスの寸法は、大丈夫だったかしら?」
「ええ、ぴったりだわ。ぴったり過ぎるから、今週はちょっと食べるのを我慢しないと、ふふっ」
当主と跡取り娘が嬉しそうに会話を交わす姿に、父さんも頬を緩める。そう、来週はリーゼ姉さんが王立学校を卒業するのだ。もっとも最終学年かつ優秀な成績であった姉さんは、ここしばらく学校には通っていなかったけれど……卒業のパーティには華やかに装って出席するはずだ。
「それで、エスコートのお相手は決めたのかしら?」
「それが、まだ……きちんと選べそうもないから、お父さんにお願いしていいかな?」
そう、社交の様相を呈する卒業パーティでは、女生徒は男性のパートナーを見繕ってエスコートさせるのが通例だ。女生徒は卒業後すぐ子作りしてから職に就く者が多く、その場合は初子を儲ける相手の種馬男にエスコートを依頼するのが普通で、男の側でも選ばれることは名誉であり格好の宣伝となるから、喜んで受けるのだ。だから母さんの問いの真意は「初めての種馬を決めたのか?」ということであり、姉さんの答えは「しばらく子供を作る気はないよ」ということなのだ……なかなか婉曲で、わかりにくいよなあ。
「そっか、リーゼはやっぱり、領地経営に専念するつもりなのね……」
姉さんはSクラスの魔力を持っていながら、軍に入ることも、魔法省に勤めることもせず、領地に帰るのだと言っていた。魔力SSである母さんには一歩を譲るとしても、王国有数の魔法素質を持っているというのに、それを活かすつもりはないらしい。優しい母さんは愛娘の決断を尊重しながらも、言葉の端に残念さをのぞかせている。
「ごめんね、母さん。私がハズレ属性じゃなかったら……」
「何を言ってるのリーゼ、水属性はハズレじゃないわ」
母さんが慌てて否定するけれど、この国で水属性の魔法適性を持つ者が公然と「ハズレガチャ」扱いされていることは事実だ。それは派手な戦いにも向かず、開発や土木工事にも向かないとされているからだ。普段は明るい姉さんが、長いまつげを揺らせて、テーブルに目を伏せた。
母さんのような火魔法使いは、戦において最強だ。グレーテルの「光」も聖職属性と言われ、高い戦闘能力と治癒や浄化を併せ持つ貴重な資質だ。そして「土」は軍においては防壁造りから塹壕掘り、築城に至るまで重宝され、民生においては治水工事でも開墾でも、土木関係なら何でもこなすスーパー属性。「風」は空気弾による戦闘と、森の伐採などで大活躍するし、「木」は民生専門だが農業生産性を数倍にする、稼げる属性だ。「金」属性の者が操る錬金術は、特殊な薬や上級金属を生み出して……当然カネになる。
それに比べると「水」魔法は使い道が少ないと言われる。一般的には目の前にある水を自在に操るだけ……殺傷力はほぼないとされ、街で火事が起こった時に、放水して火を消す役として駆り出されるくらいだ。もちろん干ばつになった際には雨を呼び、農民から女神のように感謝されるのであるが……このベルゼンブリュック王国が渇きから飢饉になったことなど、ここ二十年ほどないという。治癒魔法も少しなら使えるが、まあ言うなれば漢方薬のような効き目で……光属性の魔法使いのようにその場で奇跡的回復をもたらすものではない。ようは、八属性中で一番の、おミソ扱いなのである。
姉さんは王立学校の魔法科生徒のうち、魔力は随一。魔法制御力もSクラスで日々の努力も怠ることなく、五年間トップを守り続けた。だけど「使えない」水属性であることで同級生に侮られ、何かと嫌がらせを受けてきたのだという。むしろ、そんな属性であるにもかかわらずトップを譲らなかったその優秀さが、余計に嫉まれる要因になったのだろうな。
「リーゼ……」
そんな事情を知っている母さんの表情が、切なげに歪む。母さんも王立学校に在籍していたけれど、十五歳の時に戦争が起こって軍に身を投じたから、卒業していない。それだけに娘の晴れ姿を楽しみにしていたのだが……姉さんは出来ることなら卒業パーティーなどパスしたいという顔をしている。
「心配しないで、母さん。卒業パーティーには、ちゃんと出るわよ。だけどオルテンブルク侯爵家のコンスタンツェ様あたりが、こっちが黙っていても勝手に絡んでくるでしょうね。『貴女の魔法はチーズすら切れないでしょ』ってドヤ顔で言うシーンが、目に見えるようだわ……」
うん? チーズを切るだって? その言葉を聞いた瞬間、元世界の知識がちらっと頭をよぎる。もしかして、水魔法って最強じゃね?
「姉さん、ちょっと試して欲しいことがあるんだけど、いいかな?」
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