第91話 ご褒美はいらないんですが

 大人の功労者たちへ褒賞を授け終わった後は、子供枠の番だ。


 まあ子供枠って言ってもグレーテルと俺の二人だけなんだけどな。わざわざ別にする必要あるかどうかってことなんだけど、どうも王国には「子供を戦に巻き込まない」っていう昔からのありがたいポリシーがあるみたいで……どう見たって今回はがっつり参戦しちゃっているけど「仕方なく大人の手伝いをした良い子だね、これは少ないけどお駄賃だよ」って形に、どうしてもしたいらしい。


「ハノーファー侯爵令嬢マルグレーテ!」


「はいっ!」


 きゅっと背筋を伸ばして一歩を踏み出した今日の幼馴染は、また一段と綺麗だ。大きく一つに編んだストロベリーブロンドを揺らして、そのグレーの瞳には自信の光があふれている。誇らしげにぐっと張った胸は相変わらず薄いけれど、出会った頃よりはちょっぴり成長している感じ……そうだよ、まだ十四歳なんだもんな。


「そなたはハノーファー侯爵の補佐として参戦し、リエージュ公国の精鋭に風穴を開ける大功を挙げ、帝国との戦にも常に最前線で身体を張り『英雄の再来』にふさわしい貢献を為した。褒賞は母たる侯爵に遣わすこととするが、いずれそなたのものになるのだ、問題は無かろう」


「はっ、ありがたき幸せ」


「だが、成人後そなたが進みたい道については、希望を叶えよう。一軍を指揮したいと言うのならば、将の座を空けておけるが」


 なるほど、子供枠だとこういうご褒美になるわけだ。卒業後好きな仕事と地位をくれるってのは、確かに魅力的かもなあ。だけど言っちゃなんだが、グレーテルは超絶優秀な戦士だけど基本は個人プレイの人、将軍に向いてるタイプじゃないだろ。


「ありがたき御諚……なれど私の最も大きな望みはルートヴィヒ卿と共に在ることです。ベアトリクス殿下と彼を、外敵から守り続けることが生涯の務めと思い定めております」


 俺への想いをストレートに、照れることもなく口にするグレーテルに、また胸を撃ち抜かれてしまう。こんなにも強く求めてくれるなんて嬉しい、とても嬉しいのだけど……並み居る文武百官の前でこれをやられるのは、結構な羞恥プレイなのだ。


「まあ、何とお可愛らしいこと、幼馴染の恋愛って萌えるわ」

「あの美しき勇士にあそこまで言わせるとは、未来の王配も隅に置けないわね」

「若いっていいわあ」


 周りのお姉さんやオバちゃんたちが口々にささやきを交わすのがいたたまれない。小声にしているつもりなんだろうけど、微妙に聞こえちゃうんだよ。耐えるしかない自分の立場が辛いわ。


「うむ、すでにマルグレーテはルートヴィヒ卿の第二夫人に内定している。ベアトリクスとその夫を護ってくれるというのなら王室としては重畳。それであれば、卒業後には近衛の一隊を任せることとしよう」


「マルグレーテ卿の言葉、このベアトリクスも嬉しく思います。ルートヴィヒ卿をかすがいとして、共に手を取り合い、王国を守って行きましょう」


 女王陛下が満面に笑みをたたえて締めれば、ベアトが絶妙のフォローを入れる。グレーテルが深々と礼を施して……さて最後はやっぱり、俺の処遇になるよな。


「フロイデンシュタット伯爵家令息、ルートヴィヒ!」


「はい」


 さて、何をくれようというんだろうか。事前にベアトに結構しつこく聞いたんだけど、教えてくれなかったからな。もうこれ以上名誉とかもらっても仕方ないし、金銭にも興味はない……だって次期女王と次期侯爵と、次期闇族長が妻なんだから、俺の甲斐性なんかまったく必要ないわけさ。そして俺はこれ以上目立つことをしたくないんだ。髪結いの亭主と呼ばれたっていいから、こんな凄い嫁たちを地味に支えて、生きてゆきたいんだよ。


「そなたは未成年の身にもかかわらず、婚約者ベアトリクスの危難を救うべく策をめぐらし、リエージュ公国軍を壊滅に至らしめた。帝国軍との戦に際しては別動隊を指揮して大胆な迂回作戦で敵の背後に出、英雄ヒルデガルドの魔法で数万の敵を灰燼に帰せしめ、さらには攻城戦にあたる献策でベアトリクスの魔法を十全に活かし二万の捕虜を得たる功業、まさに見事である」


 はあ。やたらと美辞麗句を並べられて背中がむずむずして来たけれど、まあ俺のやったことをストレートに評価すれば、こうなっちゃうのか。だけどこれって俺のまわりの女性陣がみんな思考放棄して俺に丸投げしてきたことに、ひいひい言って対応していただけで……まるで進んで軍師をやってたみたいな扱いをされているのは不本意極まりないぞ。


 そうかと、頭に閃くものがあった。王室はきっと、俺が魔力のモバイルバッテリーだってことに触れたくないんだ。これがあまねく知られたらまた厄介なことになるから、俺の活躍はすばらしき作戦立案ってとこをことさら大げさに強調して、あの麦畑での出来事は公式文書に残したくないんだ。現場にいた高位魔法使いたちにはなんとなくバレてると思うけど、わざわざ宣伝したら俺の身に危険がふりかかるだけだから……この恥ずかしい賞賛の嵐も、俺の安全に対する配慮ってわけなんだろう。


「そこで、ルートヴィヒ卿には、褒美を遣わすこととする」


 ほれ来た、いったい今度は、何の面倒事を押し付けられるんだろう?

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