第90話 論功行賞

 戦勝イベントのフィナーレは、論功行賞ってやつだ。兵士たちには慰労金や休暇が与えられ、将校たちには昇進や勲章と言ったご褒美が授けられる。今回は景気よく帝国と公国から賠償金がふんだくれるから、褒美も気前よく出せるというものだ。


 功績著しい者に対しては、王宮で褒賞が授与される。軍の指揮官クラスはもちろんとして、急遽発生した戦役の補給線を利益度外視で支えた商人たちや、戦傷者の治療に全力を注いだ地方神官あたりまで重い褒美をとらせたりするところが、陛下の人柄だなあと思う。


 そして……その中でも特別に貢献した者たちが、最後に賞される。しかも、実にありがたくないことに、俺まで最終メンバーに入れられてしまったのだ。出来る限り目立ちたくない俺は謹んで辞退しようとしたのだが、ベアトが許してくれなかったんだ。


「今回は逃げられない、素直に褒賞を受けるべき」


「そんなこと言ったって、俺の功績なんて、直接的なものが何もないじゃないか。結局のところベアトの婿ってことで箔をつけてもらうっていうだけだじゃないか。そんなの普通、イヤだろ」


「それを喜ぶのが、普通の男なのだが……やはりルッツは変わっている。そうだな、今回の褒賞に私の配偶者を飾り立てる意図があることは間違いないが、王室の者は皆理解している……この戦に勝ったのは、ルッツの力あってのことだと」


 まあ、いろいろ俺のやらかしを振り返ってみれば、陛下やベアトがそう評価してくれるのも無理のないことだけど……


「確かに英雄ヒルデガルドの力は偉大だ。だがこたびの戦は、それだけでは勝てなかった。戦には使えないと言われていた水属性や木属性の魔法を、あんな場面で活かすことをルッツが考えつかなかったら、負けていたのは私たちのほう。王室が称揚するのは、ルッツの直接的な力ではなく、その『知恵』だ」


「ベアトや陛下がそう言ってくれるのは嬉しい、だけど……」


「そうか。ルッツは私が他の者を配偶者に選び、つがっても構わないというわけか」


「ええっ?」


 突然妙なことを言い出すベアトに慌てる俺。目の前にいる陶器人形が、声のトーンを一つ下げて言葉を続ける。


「高位貴族たちの中には、王配は王族か公侯爵家に限るべし、と主張する者が多いのだ。高貴な血が薄まるとか申してな……相手が相手だけに、母様もなかなかはねつけづらくて困っているのだ。しかし、配偶者が戦勝の英雄ともなれば、引き下がらざるを得ぬ。そんな意図で王室はルッツを持ち上げたがっているのだが……ルッツ自身が私などどうでもいいというのであれば、仕方ないか」


 言葉のトーンは平坦だけど、大きな目がちょっとだけ切なげに細められている。濡れた翡翠の瞳を真っすぐに向けられてしまえば、惚れっぽい俺が逆らえるはずもない。思わずその細い上半身を抱き締めて……結局のところ、褒賞辞退はうやむやにされた。交渉上手のベアトにハメられたと感じるのは、気のせいではなさそうだ。


 というようなことがあって、結局俺は王宮の謁見室で、功績最上級とされる十名の末席に、肩を縮めて並んでいるところだ。俺以外の九名はみんな女性であることは言うまでもない。


「フロイデンシュタット伯爵令嬢アンネリーゼどの!」


「はっ!」


「リエージュ公国を退けし戦の功績極めて大。また卿が操る魔法の精密なること王国随一と認め、卿を国軍魔法部隊の総司令官に任じるものとす」


「……謹んで、お受けいたします」


 左右に並ぶ文武官から、驚きを含んだざわめきが漏れる。軍の主力である魔法使いを全て束ねる総司令官は、実質軍のトップと言っても過言ではない。その座を占めるのが、まだ十八歳のリーゼ姉さんだというのだから。だが高官たちは驚きこそすれ、不満を口にする者はいない……公国軍に数万の氷槍を降らせた「水の女神」は、すでに軍では伝説扱いになっているのだから。


 リーゼ姉さん本人は、もはや堂々としたものだ。かつての姉さんの態度……控えめと言えば聞こえはよいが、自信なさげな姿からは連想できないほど凛々しく、そして美しい。


 王国建国以来最速の出世コースを歩み「水の女神」の二つ名を持ち、次期伯爵の身分と生まれ持った透明感あふれる美貌をそなえる超優良物件となった姉さん。貴族たちの間ではこれから、彼女がいかなる男をパートナーに選ぶのかが、最高の関心事になるのだろう。弟としては、変な男に引っかかるくらいならじっくり時間をかけてでも、姉さんを本当に幸せにしてくれる優しい男を探して欲しい。後継ぎを儲ける必要はあるにしても、まだ十代なのだ……長い人生を共に歩く相手を急いで決める必要はないだろう。


 そして功績第一とされたのは、やはりというか、母さんだった。


 そりゃそうだよな。確かに最初は全然役に立たなかったとはいえ、帝国軍五万超のうち三万を焼き尽くして王国領から追い出したのは、間違いなく母さんの超絶殲滅系火炎魔法だ。あんなマネは他のどんな魔法使いにもできない……王国唯一、おそらく大陸でも唯一のSSクラス魔力は、伊達じゃない。


「英雄ヒルデガルドよ。二十五年前も、そしてこたびも、卿の魔法がベルゼンブリュックを救った。いくら感謝しても足りぬが、せめてもの印として、フロイデンシュタット家を侯爵に任ずるものとしよう。そして、軍における卿の処遇は望むままにするが、希望はあるか? 元帥杖を与えようか?」


「陞爵のこと、恐悦至極にございます。軍の地位に関心はございませんが……望んでもよいならば、アンネリーゼ卿の指揮下で働きたく存じます」


「娘の下で働くと申すのか? そなたは唯一無二の英雄であるぞ?」


「私は確かに戦においては最終兵器でありましょうが、私自身には組織を率いる才も、策を立てる能もございません。苦手な責任を負うことなく、陛下のお役に立つことが望みです」


 ようは、面倒なことはリーゼ姉さんに押し付けて、魔法バカ一代で生きたいってことだよな。娘に指揮させて自分は実働部隊……めちゃくちゃなこと言ってるけど、確かに合理的だ。母さんのせっかちでムラっぽい性格は、組織運営には合わない。あんなのが上司だったら中間管理職がメンタルを病んじゃう……母さんも、自分の適性がわかってるってことなんだろうな。


「まあ卿は、そんなことを言うのではないかと思っておったが」


 女王陛下が、呆れたような顔で肩をすくめた。

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