第89話 凱旋、そして飲もう
俺たちは、王都に凱旋した。
落ち着いたら婚約者たちに真実を告白しようと決心した俺だけど、未曾有の戦勝に沸く王都市民や宮廷貴族たちは、そんな余裕を与えてくれなかった。
帰還した翌日にはもう戦勝セレモニーが中央広場で組まれ、それが終われば凱旋パレード。夜は王宮での祝賀パーティーあり、郊外に大規模な野外会場をしつらえて将兵たちに対する慰労会ありと、くたくたになるまでイベントを山盛りに詰め込まれた。まあ、一般の兵隊にしてみたら、わけもわからないまま駆り出されてさんざん働かされて、おまけに生命の危険にまでさらされたんだ、最後くらいはいい思いをしないと割が合わないよな。彼らの功績に報いる場に付き合うのも、貴族の務めってもんなんだろうが……とにかく疲れる。
本当は未成年の俺はこんな公務をやらなくていいはずなのだが、十六歳のベアトには成年王族としてその義務があり、おまけに戦の英雄ときている。もともとその美貌で国民人気は高かったのだ……引っ張りだこになるのは仕方なく、契約上俺はそのパートナーとしてくっついて回らないといけないってわけなんだ、勘弁してほしいよなあ。
兵士たちが飲み騒ぐテーブルを一個一個丁寧に回って柔らかく声を掛けてゆくベアトは、陶器人形のような冷たい容貌に、今日ばかりは笑みを浮かべている。それはせいぜい「氷の微笑」程度のものなのだが、高貴な王女のレアな表情を目にした兵たちがめちゃくちゃ盛り上がっているのを見れば、まあいいかという気分になる。
ベアトが何しろ目立ちすぎちゃってるから、おまけである俺なんかを相手にする奴はいないかと思ってたんだけど、実際のところやたらと構ってもらえた……特に女性騎士や魔法使いから。まあ、ベアトが倒れかけた時、俺がずっと彼女にくっついてた姿とか、みんなに見られちゃってるからなあ。何か役に立ってることは、薄々理解してもらっているみたいだ。まあ、魔力モバイルバッテリーだとまでは、気づかれてはいない……はずだ。
「お坊ちゃん、久し振りだね。ずいぶん活躍したらしいじゃないか」
声をかけられて振り向けば、そこには公国戦でグレーテルを援護してくれた、土魔法使いのオバちゃん男爵様がいた。彼女が魔法でひっきりなしに飛ばす石を、俺がひいひい言いつつ籠に満載して運んだっけ。
「ベアトやグレーテルに付いて回っているだけで、俺自身は何にもできてないですよ」
「そんなことはないだろうよ。何でも女王様や王女様に戦の指南をしてたそうじゃないか。それにあの『水の女神』リーゼ様に魔法術式を授けたって聞いたよ、大したもんだね」
「いやまあ……ありがとうございます」
うん、まあ謙遜ばかりしていても仕方ない、素直にお礼を言っておこう。
今回の戦で俺がいろいろやらかしたことは、王室から意図的にリークされ、一般兵士にも知られている。女王陛下は愛娘の配偶者となる俺に、何か「箔」を付けてやりたくて仕方ないみたいで、俺が別動隊を指揮して敵の前線基地をぶっ潰し戦況を変えたことなんかを、あれこれ脚色を加えて流しているようなのだ。
う〜ん。俺に功績があったことは間違いないと思うけど、それは母さんや姉さん、そしてベアトやグレーテルといった規格外の魔法使いたちがたまたま俺のまわりにいたからで……俺自身の実力がもたらしたものではないからなあ、褒められても微妙だよ。
「ああ、謙虚な坊っちゃんが何を考えているのか、よくわかるよ。だけどね、そういう特別な力を持つ女たちがみんな、あんたの言うことなら文句も言わずにうなずく。これはあんたの持ってる貴重な力なんだよ、胸を張っていいさね」
そうかなあ。そもそも俺がベアトの隣に立てているのは、おかしなチート能力「神の種」を持っているからだし、そこに俺の努力は一ミリすら反映していないんだ。どうしても、素直に誇れないんだよね。
だけど、この男爵様はそんな俺の心理も理解した上で、どうやら励ましてくれているらしい……うん、何となく元気が出てきたような気がする。粗野な感じのオバちゃんだけど、いい人なんだよなあ。
「おっ、少しはいい表情になったね。やっぱり男はそうやってどっしりと自信持って立っててくれないと。女は大空を力強く自由に舞う鳥みたいなもんさ……だけどどんなに強い鳥だって、疲れた時に確実に包みこんで癒やしてくれる大樹が欲しいもんなのさ。坊っちゃんは、その樹になれると思うね」
ずいぶん、上手いこと言うよな。そっか、俺はベアトやグレーテルの帰る場所になればいいのか。その俺がグラグラ揺れてたら、ダメだよな。だから堂々としていろって、アドバイスしてくれてるんだ……いろいろ刺さる忠告だ。
「だけど、この大樹には、止まる鳥がやたらと多くなる気がするねえ。あの戦闘狂いの令嬢あたりを怒らせて幹ごと切り倒されないように、注意しないとねえ」
何だ、本当に言いたいのはそっちか。せっかく感動していたのに、台無しだよ。
「せいぜい気をつけますよ」
オバちゃんは、豪快に笑い飛ばした。
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