第88話 そろそろ白状する時?

 戦後処理にも、被災地復興にもなんとかメドがついて、後は王都に帰還するだけ。うららかな陽光を浴びつつ、のどかな田園風景をのんびりと眺めながらの凱旋だ。道々待ち構えている村人たちが、ある者は歓声を上げ、別の者は野の花を投げて、自分たち一般庶民の平和を守るために勇戦した兵士たちをねぎらってくれている。


「ウォルフスブルグ伯、どうなされた?」


「い、いえ。ちょっとぼうっとしてしまって」 


「気をつけませんとね。あの戦で生き残って栄誉を勝ち取ったというのに、帰途に落馬で生命を落とすとか、シャレになりませんよ」


「あ、はい。ご忠告ありがとうございます」


 危ない危ない、傍目からでもわかるほど、ぼうっとしてしまっていたのか。


 そうなのだ。俺は馬の背に揺られながらずっと、心ここにあらずだったのだ。青い空に浮かぶ白い雲を見上げながら考えていたんだ……俺の正体がみんなが愛していたルッツ少年ではなく、異世界で妙な人生経験を積んだ定年ジジイだってことを、婚約者たちに明かすべき時が来たのではないかと。


 心も身体も触れ合っている時間が一番長かったアヤカさんには、当然というか自然にと言うか、もうずいぶん隙を見せてしまっている。「ルッツ様は見た目より大人に感じます」「見た目と違って東方人のように見える時があります」とか口にしながら、不思議そうな視線を向けられることもしばしばになっている。控えめな性格で、男を立てることを美徳としているらしい彼女は、あえてそれ以上突っ込みを入れてくることはしないけれど、いつまでもそれに甘えているわけにはいかない。


 賢いベアトは、俺が披露してきたいろいろな発想が、この中世的な世界の人間にはないものであることをとっくに見抜いている。翡翠の目に何かもの問いたげな光を浮かべることが時々あるのだが……根掘り葉掘り疑問をぶつけてくることはない。彼女の「精霊の目」スキルを使いながらあれこれ問い詰められれば、俺は嘘がつけなくなるのだが……ベアトはそうしようとしない。冷たい容貌から受ける印象と違って内面は優しい、ごく普通の女の子だからな。その優しさに付け込んでしまっている自覚はあるけど……やっぱり彼女が「精霊の目」を使う誘惑に駆られるより先に、男である俺の方から告白するのが、婚約者としての信義だよな。


 そして、直情的で深く考えるのが苦手で、一番ニブいと思っていたグレーテルにも、ついに気づかれてしまった。


 あの日、二回目の深い口付けを交わしたあと、まだ息を乱している彼女が目を伏せながらつぶやいた。


「やっぱりルッツは、私が小さい時から一緒に遊んだルッツじゃなかったみたいだね。昔の記憶がなくなっただけで、他は何も変わってないんだって、自分に言い聞かせて来たけど……今日よくわかった。落馬する前に何度も触れ合った時には、こんなすごい力を感じることはなかったもの」


「そ、それは……」


 これは俺も、うかつだった。俺が乗っ取ってしまう前のルッツ君は、しょっちゅうこの幼馴染からべったべたに絡まれていたのだ。お互い子供のことだし、そこに身体的接触が存在しないわけがない。深く考えない性分のグレーテルだけど、身体で感じる変化にはものすごく鋭敏だ……その時と今との違いが、彼女にバレてしまうのは、ごく当たり前のことだったのだ。


「大丈夫、私は昔のルッツと同じくらい、いやそれ以上に目の前にいるルッツが好きよ。だから今は、無理して言わなくていいわ……いつか、ルッツの気持ちに整理がついたら、教えてね」


 濡れた瞳でそんな可愛い台詞を吐かれちゃったらもう我慢できなくて、思わずもう一度抱き締めてしまったけど……彼女の言葉をその場で否定できなかったことで、内心の疑問はきっと確信に変わっただろう。


 俺はもう少しで十五歳になる。


 十五歳となり成人したらすぐに、婚約者である俺とベアト、そして俺とグレーテルは、正式に婚姻の儀式を挙げて……いよいよ子作りをすることになる。やっぱりその前に、本当の俺を知ってもらわないとフェアじゃないよなあ。ダマされたって怒られるかもしれないけど、結婚後にバレて信頼を失うより、なんぼかマシなはずだ。


 ああ。こんなこと悩んでしまうのは、俺もあの美しい婚約者たちに惚れ込んじゃっていて……失うことが怖いってことなんだよな。なんだか俺の意向とは無関係に正室だの側室だのとばんばん決められちゃったけど、惚れっぽい俺は、もう彼女たちを好きになってしまっている。ベアトも、グレーテルも、アヤカさんも……もう俺がこの世界で送る人生の、欠けちゃいけないパーツなんだ。


 よし、王都に帰ったら、ベアトたちに真実を告げよう。突拍子もない話で、信じてもらえるかどうかはわかんないけど……とにかくこれを知ってもらわないと、俺と彼女たちは新しいスタートラインにつくことができないんだ。


 俺はようやっと、心を決めた。



◆◆◆ 明日から従来通りの21時16分更新に戻ります ◆◆◆

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