第87話 キスの効能

「それって、俺がキスしたら、魔力が増えたって言ってるのか?」


「そうみたい」


「だけど、魔法が使えない俺に、魔力補給なんてできるもんなのかな?」


「確かに、あり得ない感じよね。だけど、昼間にベアトお姉様が大魔法を使った時のことも考えると、原因はルッツとしか考えられない。あの時お姉様はもう魔力切れで倒れかけていたのに……ルッツが抱き締めた後、それまでの二倍くらいは魔力を使っていたように見えたわ」


 うっ、確かに。俺の目からも、ベアトは確実に魔力切れに見えた。だけど俺に触れただけでなぜかまたしゃんとして、どでかい魔法を現出して見せたんだよな。ベアト自身も「調子がいい気がする」って言ってたし……俺から何か力が流れ込んだと考えれば、説明はつく。


「ね、ベアトお姉様にしてたように、私にもしてみて」


 そんな可愛いおねだりをしつつ背を向けるグレーテルに、逆らえるはずもない。俺は彼女の脇から両手を回して、その筋肉質だけどしなやかな上半身を、後ろから抱き締めた。ベアトを抱いたときみたいなふにゅっと可愛らしい柔らかさはないけれど、無駄なく均整が取れ、鍛え上げられていることが一瞬で分かる肢体の感触は、また格別だ。


「もっと強く」


 どうしても、遠慮がちに腰を引いてしまう俺に、グレーテルのお叱りが飛ぶ。いや、これ以上密着したら、元気になってるのがバレて……まあいいか、さっきあれだけ口づけを交わしあったんだ、キレたりしないよな。


 思い切ってぐっと全身をくっつけると、グレーテルの筋肉がびくりと緊張する。ほら、やっぱり気付かれちゃったじゃないか。怒りの鉄拳が飛んでくる……と思ったけど、彼女はなんだか納得したような、そしてどこか嬉しそうな顔をしているんだ。


「やっぱり、間違いないわ」


「ふえっ?」


「ルッツと触れ合っているところから、明らかに何かが流れ込んでくるの。すごく気持ちいい、何かがね」


 マジか。俺は魔法が使えないから自分の魔力がどうのこうのってのは全然感じ取れなかったんだけど、女性たちにエネルギーを供給することはできるってことか。いうなれば彼女たちがスマホだとすると俺はモバイルバッテリー……結局、いざという時には有り難いけど、それ自身では何もできない品、ってことだなあ。まあ、こんなに強い女性たちに力をあげられるなら、それは幸せなことのような気がする。


「そうね……やっと納得したわ」


「何を?」


「ルッツはやたらと魔法に対する耐性が強いから、変だと思っていたのよ。特にあの……記憶を失った後から、急に強くなってるの。ほら、私が訓練で何回も雷撃を当ててるじゃない」


「うん、あれは痛いよね」


 本当に痛いんだよな、一瞬心臓が止まりそうになるしなあ。だけどそれほどダメージが残らないから、きっと内心は優しいグレーテルが手加減してくれているんだろう。


「普通の男なら、あれ一撃で間違いなく感電死しているわよ」


 うわっ、違った。おいこら、俺が本当に死んだらどうするんだよ。


「不思議なのよね。普通の人なら悶絶するくらいの雷撃でもケロッとしてたから、毎回少しずつ強くしていったら……しまいにあの強度にまでなったわけ。王宮魔法使いの幹部たちですら倒せるはずなのに、ルッツは耐えきってしまうのよ」


「俺の身体で実験するの、やめてもらっていいかな……」


「ごめん。ついどこまで頑張れるか面白くなっちゃって……いや問題はそこじゃなくて、ルッツの魔法耐性は異常に強いって話よ。魔法耐性は魔力の大きさに依存する、そうなるとルッツは常人の持ち得ない魔力を体内に貯めていることになるのよね」


 え、俺って魔法も使えないのに巨大魔力持ちか……何も自覚できないけどなあ。


「不思議そうな顔してるね。まあルッツが自覚できないのは当たり前、だって魔力を使う事がまったくできないんだから、それを感じ取ることなんかできないわ」


 そうなのか……魔法を知識としては知っていても体感できない俺としては、グレーテルの推定に、うなずくしかない。


「そしてその魔力を女性のために補給できるルッツの能力は、恐るべきものになる。昼間のあれを見ていればわかる、Sクラス魔法使いの二〜三人分をチャージして平然としていたじゃない。ルッツさえいれば魔力切れを気にしないで上級の魔法を撃ちまくれる……好戦的な帝国あたりから見たら、恐るべき最終兵器に見えるでしょうね」


「アレやったのは、マズかった?」


 そう、昼間の「地母神の奇蹟」で俺がベアトを抱き締めていた姿を、兵や民にはっきり見せてしまった。中には鋭いやつもいるだろう、俺が大容量モバイルバッテリーだってことが知れ渡るのも、時間の問題か。


「あんな凄いことできるなんて誰も思ってなかったんだから、仕方ないよ。大丈夫、ルッツの力を欲する奴らが迫ってきても、必ず私が守ってあげる。『一生守る』って、誓ったんだからね」


 頬を染めつつも、俺にまっすぐ視線を向けながら凛々しく宣言する幼馴染の姿にグッときて、俺はもう一度彼女の身体を引き寄せて……唇を重ねたのだった。

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