第172話 救出作戦
「ふ……んっ!」
暗闇の中でアヤカさんが何やら懐かしい印を指で結ぶと、不寝番の衛兵が静かにくずおれる。すかさず闇一族のお兄さんが兵を武装解除し、門の鍵を奪う。
「では、行きますよ。ミオとカエデが先頭に立ちなさい。サクラとホタルは後方を警戒。ミカエラさんは、ルッツ様から離れずに」
「はっ」「承知」「はい」「御意」「わかりました」
アヤカさんの命令一下、怪しい集団が古風な造りの門に侵入していく。俺も、ミカエラとアヤカさんに両脇を守られてこそこそついて行く。
「カンベルク子爵家って辺境の小領地なのに、やたらと堅固な造りだね」
「おそらく今回同様、さらった者を幽閉するような役目を度々担っているのではないでしょうか。権力者たちはそういう後ろ暗いことを、必ずやっていますから」
なるほどなあ。移動手段の限られるこの世界、さらった人を辺境領地に送ってしまえば、国の捜索も簡単には伸びてこない。カンベルク家はどうもそういう闇地方監獄みたいな役目を、代々果たしてきたものらしい。
「そんないわく付きの館ですから、配置されている者たちに心清きものはおりません、遠慮なく潰せます」
うはっ、今夜のアヤカさんはかなり怖い。まあ、ここを攻め潰す提案をしたのは、珍しく彼女自身だからなあ。よほどあの神官……ツェツィーリアさんを取り込みたいんだろう。
そして、攻める俺たちは少数精鋭だ。闇一族はアヤカさんを筆頭に、俺がはじめの頃種付けした四人の女性。そして魔法は使えないものの隠密と暗殺の技に長じた男たちが五名。そこにモバイルバッテリーの俺と、その護衛ミカエラが加わる総勢十二名だ。
この手の荒事なら必ず顔を出したがるはずの幼馴染は、加わっていない。「こたびは完全に闇の仕事。眩しく輝く光の戦女神は、敵の目を引いてしまいますので」という弁にグレーテルが素直に従ったのは、妊娠初期の身体を気遣ったアヤカさんの思いが伝わったからなのだろう。それに彼女がバーデンに残っていてくれたほうが、おかしなやつが湧かなくて、安心だしなあ。
「進みましょう」
先行する二人の合図を確認して、俺たちは館の中へ足音を忍ばせて入っていく。足元に二人転がっている男は、ミオさんが眠らせたものらしい。彼女も俺の種を受けてからAクラス相当の魔力持ちとなり、闇魔法で十数人を眠らせることができるようになっている。
無言で差し出されたミオさんの手を両手で包み、魔力を補給するのが俺の役目だ……彼女の魔力にはまだ余裕があるとはいえ、いつ何があるかわからない修羅場なのだ、可能な限りフルチャージでいてもらいたい。俺の子供を産んでくれた女性には、不幸になってほしくないからな。窓から差し込む薄明かりの中で彼女の表情をじっと観察して、口角がキュッと上がるのを確認してから、ようやく手を放す……相変わらず、魔力の流れがさっぱりわからない俺だからなあ。
男たちが何やらごそごそと壁や床を探っている。
「間違いなくこの館には地下室があります。おそらくツェリ様のご家族もそこに」
なるほど、地下への通路を探っているというわけか。やがて一人の男が、広間に掛けられた大きな肖像画を外すと、そこにはぽっかりと穴が開き、地下に続く階段が現れた。静かにそれを降りると、目の前に樫の木で造られた分厚い扉が。
「サクラ、中に何人いますか」
「……五人ですね。うち二人は、敵です」
「ミオ、眠らせられますか」
「お任せを」
ミオさんがまた印を結んでしばらく経ち、カエデさんが静かに静かに扉を開ける。
「もう、大丈夫です」
中に入ると、見張りらしい男が一人床に伸びており、もう一人は当直室のような部屋の机に突っ伏していた。一族の男がまた素早く縛り上げる。
「さあ、急ぎませんと」
アヤカさんが壁にぶら下がっていた鍵束を取ってカエデさんに渡す。カエデさんは奥の扉をしばらく触って様子を確かめているようだったけど、一つうなずいて鍵を差し込んだ。
扉を開いたその先は、湿っぽく真っ暗な空間。そこには中年の夫婦と、十歳くらいの少年がいて……栗色の髪をした女性がいち早く俺たちの侵入に気づき、身構えている。
「誰っ?」
「ご心配なく。私たちはツェツィーリア様の意を受けて遣わされし者です。貴女方をお救いに上がりました、どうかご一緒に」
「味方だという証拠は?」
「これを」
アヤカさんが一通の手紙を女性に渡し、傍らのオイルランプに火を入れる。女性は食いつきそうな勢いで手紙を読むと、はしばみ色した目に涙を浮かべた。
「ああ、ツェリ……どこまでも家族思いの優しい子」
「ええ、とてもご家族を第一にされるお方。それゆえ貴女方がここに囚われている限り、ツェリ様は至高神の教えに背く行いを強いられるのです。さあ、ここから逃れましょう」
「わかりました、貴女たちを信じ、従いましょう」
その頃には夫であろう男性が、まだ夢うつつの少年を起こし、身支度を整えさせていた。もっとも普段着のまま雑魚寝させられていた彼らは、着替えすら必要ないのだが。
「では急ぎましょう、できるだけ早くここから遠ざかるのです」
アヤカさんが低く言葉を発したその時、地下室の出口で見張っていた一族の男が密やかに、だが急いで報告した。
「お方様、館の者たちに気取られました。お急ぎを」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます