第171話 神官の様子
「ところであの神官さんは、どうしてる?」
俺の問いに、アヤカさんが少し眉尻を下げ、切なげな表情をする。
「相変わらずです。必要最小限の会話はされますが、日がな一日北の空を見上げて呆然としているだけで」
「そういや、家族が人質に取られてるって言ってたもんなあ。もう消されてるってことはないかな?」
「そう考えるのが自然ですが……手の者に調べさせましたら、まだ生かされ囚われているようです。そうしますと……」
アヤカさんが、思慮深そうな顔になる。きっと何か言いたいことがあるのだろう。あとを続けるよう促すと、彼女はゆっくりと口を開いた。
「私の見るところ彼女はまだ、大貴族たちに不利をもたらす証拠を、何らか握っておられると思います。これは、確信に近いです」
「えっ……だってベアトが」
「ええ。ベアトリクス殿下の『精霊の目』は、聞いたことに対し嘘をつけば見破れます。ですが、質問していないことまで暴く力はありません」
そう言われれば確かに……ベアト立ち会いで尋問した時、背後の貴族については散々問いただしたけれど、奴らにとって痛手になるものを持っているかどうかまでは、聞かなかったからな。くそっ、甘かったか。
「じゃあ、もう一度ベアトのところに連れて行って……」
「それはかなり……難しいです。彼女を王都にもう一度連れて行ったら、貴族たちの手から彼女を守り切れる自信はありません」
確かに。今彼女を預けている闇一族の里は、よそ者が入ってくればすぐわかるから、ある意味かなり安全だ。だが王都では、誰が敵で誰が味方なのか、さっぱりわからない。そんな環境で彼女を守ることを強いたら、一族からも少なからぬ犠牲が出るだろう。そこまではさせられないな。
がっかりしている俺に、アヤカさんが優しげな視線を向けて……やがてキュッと口角を上げて、普段の彼女から想像つかない大胆な提案をしてきたんだ。
「ええ、予想できない敵の動きから、彼女を守ることは難しいです。ですから……こちらから攻めましょう。それならば敵の動きが、予想できますから」
「へえっ?」
いや、どこを攻めるって言うんだよ?
まさか、宰相家の館を攻め落とすとか……まあ、グレーテルが本気になったら、できちゃったりするだろうなあ。だけどまだ宰相が何か決定的な悪事をやらかした証拠は何もない、今そんなことしたら俺たちは反乱分子のテロリスト扱いになっちゃうよな。すると……
「神官様のご家族を、救出しましょう。さすれば彼女は、とっておきの材料を、ルッツ様に捧げてくれるはずです」
「いや、だって神官さんの家族は……」
「宰相派に属する貴族の、辺境領地に囚われています。それなりに守りは堅固な館ですが……田舎なのが幸い、多少派手にドンパチやっても、バレません。私も安定期に入りましたから、戦力になれると思います」
何をするにも慎重なアヤカさんが、なぜか今日はぐいぐい来る。
「ねえ、どうしてそんなに乗り気なの?」
「神官様……ツェツィーリア様を、お味方にしたいのです。そして出来るなら、ルッツ様のおそばに」
ふうん、あの神官は、ツェツィーリアというのか……いや、問題はそこじゃないぞ。なんで俺にぶっすり刃物を突き刺した女を、愛人にしないといけないんだよ。俺、女には不自由してない……ああ、たった今は、ちょっと不自由してるか。
「なんであの女を俺が傍に置かないといけないの?」
「ツェリ様は、努力家です。魔力はBクラスですが、魔法制御力に関してはたいしたものです。ルッツ様の種を受ければ、マルグレーテ様には及ばぬまでも、国で五指に入る光魔法使いになられるでしょう」
「やだよ、俺あのひとに、殺されかけたんだぜ……」
「それはツェリ様が、何よりも家族を大切にする方だからです。ルッツ様が家族になって差し上げれば、彼女は生命をかけてでも、ルッツ様に尽くし、守るでしょう」
ちょっと待て。なぜアヤカさんが、あの神官さんを側室、いや愛人に激推ししてくるんだ。これまでの彼女は、いつも優しく微笑んで「ルッツ様が、望むことでしたら」と、俺の意志をひたすら肯定してくれる存在であったはずなのだが……
「ルッツ様が怪訝に思われるのも、わかります。私の想いは、マルグレーテ様と同じ……私だけでは、ルッツ様を守りきれないからです。夜闇の中では強味をもつ私も、明るい太陽の下では、その技を活かしきれません。私と違う能力を持ち、ルッツ様に絶対の忠誠を尽くす女性を、増やしていかねばならないのです」
アヤカさんの主張は、まんまグレーテルのそれと同じだ。俺の身を守るために、強い女性を傍に置く、そのためなら愛人が多少増えても……ってやつだ。気持ちはとても嬉しいけど、俺はこれ以上愛人増やしたくないんだよね。
「大丈夫です。ツェリ様は敬虔極まる聖職者の方。それを抱く背徳感……ルッツ様は、そういうシチュエーション、お好きですよね?」
うぐっ、アヤカさんがなぜ、俺の性癖を……確かに「洗礼」でいたした聖職者ダニエラさんとのそれは、ものすごくイケナイことしてる感が刺激になって……ぶっちゃけ最高だった。だからと言って、殺されかかった女性はなあ。そんなことを思ってうじうじしていた俺に、アヤカさんがきっぱりと宣言した。
「出撃は、一週間後にします。マルグレーテ様には、もうご了承いただいていますから」
今までにない強引さで逃げ道をふさいでくるアヤカさんに、うなずくしかない俺だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます