第173話 闇のご主人は

 地下室を出ると、そこにはすでに敵の手で明かりが灯され、十数人が俺たちを半包囲しようとしている。加えて階上のあちこちで声が聞こえるところを見れば、それに倍する人数がやがて増援されてくるだろう。見たところ男が多く、魔法使いが少なそうなのが救いだ。まあ、監獄みたいな扱いの拠点みたいだし、直接戦闘はあまり想定されていないのだろうが……やはり数の力は偉大だ。俺たちは、広間の隅に徐々に追いやられていく。


「ミカエラさん! 魔法使いを狙って!」


「はいっ! ふぅん!」


 アニメ声の気合とともに、ミカエラの手から影のようなものが飛び、すでに何やら呪文の詠唱を始めていた中年のオバちゃんの喉に突き刺さる。あわてて魔法の準備を始めた若い女性も、二回目の気合から放たれた石礫に、心臓をえぐられる。それを見た女たちが詠唱をためらうのは、無理のないことだ……ミカエラは呪文を詠唱する構えを見せた順番に、確実に致命傷を与えてくるのだ、誰しも最初に狙われる対象になりたくはないだろう。


 俺はミカエラの戦いっぷりに、度肝を抜かれていた。魔法使いの攻撃順を素早く落ち着いて判断し、危険度の高いであろう順に確実に生命を奪う攻撃を容赦なくぶち込む……そこに何のためらいもない、まさに冷徹な殺戮者だ。五歳の頃から冒険者と一緒に、魔物や盗賊と戦ってきたという経歴は、伊達じゃないんだな。仔犬のように無邪気な普段の姿からは想像できないけど……これもまた、彼女の本質なのだろう。


「退路を確保しなさい!」


 アヤカさんの下知に従って、男衆が出口の扉に向け走る。すでに魔法使いをミカエラが片付けているから、あとは体術勝負。そうなれば我がバーデン領の誇る忍者軍団が不覚を取るはずはない、ある敵は肩を苦無っぽい短剣で突き刺され、他の敵は絞め落とされて、床に転がる。


 なるほど、敵であっても男はできる限り殺さないように立ち回っているんだな。魔法使いである女は容赦なく葬らないとこっちが危険だけれど、男は物理的に無力化すればあとは放置するのが常道らしく……こういうとこは、しっかり元世界と男女逆転になってるところが、複雑な気分だ。


「さあ、早く」


 声音を優しげに変えて神官さんの家族をいざなうアヤカさん。おずおずと彼らが進み始めた時、その足元から突然、炎が上がった。


「行かせないわ」


 広間の二階デッキから、三人の女がこっちを見下ろしている。たった今、炎の魔法を放ったのが中央にいる初老の女性だろう。その両側には、二〜三十代の女性がそれぞれ、すでにその手に炎をまとわせて、いつでも放てる体勢だ。


「最初に動いたやつを、確実に燃やすわ。生命が惜しければ、大人しくすることね……お前たちにこんなことを命じたのは誰か、教えてくれたら悪いようにはしない」


 ま、この辺の脅し文句は、定番だな。当然、バックの情報を全部吐き出したところで助かるわけもなく……魔法で焼き殺されるのが、手下に絞め殺されるのに変わるくらいだろう。


「貴女が、カンベルク子爵?」


「そうよ。どうやら貴女が首領のようね、見たところ『闇の一族』……王室の飼い犬たちか。まさか王家がここに手を出してくるとは思えないけど?」


 勝利を確信し、物理的にも気分的にも上から目線の子爵の言葉に、アヤカさんがふと口元を緩める。


「何かおかしいの?」


「いいえ、確かに私たちは王室に忠誠を誓う『闇の一族』。ですが、一族が主と仰ぐお方は、女王陛下だけではないのですよ」


「何だと?」


「我々を守護し、統べるお方は、大陸でもっとも優れた殿方」


「殿……男だと??」


「そうですわ。私たち闇の者、皆が仰ぎ見る、暖かき日差しのようなお方……」


「そんな男など、いるものか! 男など戦えずカネも稼げず、女に囲われるだけの存在ではないか! そのように素晴しき男、いるなら出してみよ!」


 ふとアヤカさんの手元を見ると、右手の五指が複雑に、何かの文様を描いている。これは……闇一族の魔法は、印を結ぶことで発現する。彼女はこのしょうもない会話で時間を稼いで、その間に何やら魔法を完成させようとしているのだ。


「ええ、私たちの主は……ルッツ様。王太女ベアトリクス殿下の夫君にして次期王配、ルートヴィヒ・フォン・シュトゥットガルト侯爵閣下ですわ」


 アヤカさんのキャラに合わない派手な推しっぷりに戸惑う俺だが、これも彼女の作戦であるはず、ここは乗っからないとな。深めにかぶっていたフードを脱いで、顔をさらす。


「む、あ……貴方様は」


 ま、子爵ともなれば、結婚式の披露宴の隅っこくらいにはいただろう。さすがに顔は覚えていたようで、何やら顔色を青くしたり紅くしたりしている。


「シュトゥットガルト侯爵である。カンベルク子爵、卿が不当にこの家族をかどわかし、幽閉していたこと、つぶさに確認した。ベアトリクス殿下に奏上せねばならぬな」


「いや、こ、これは……」


 まあ、言い訳はできないだろ。俺たちが直接、ツェツィーリアの家族を救出してしまったのだから。


 ちらりとアヤカさんに目をやれば、五指の動きが止まっている。魔力が、練り上がったのだ。もう追い込んでいいってことだな。


「そなたらの罪は、もはや明白。厳罰を覚悟せよ!」





◆◆◆ いよいよ明日が書籍発売日です。一部の書店にはもう並んでいるようです、よろしければお手にとっていただけると! ◆◆◆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る