第174話 使徒って言われても
かっこよく引導を渡したつもりだったが、もちろん敵がそれに従うわけもない。初老の女子爵は、眉を吊り上げて叫んだ。
「何を、若造め! お前たちをここで葬ってしまえば、なんの証拠もないわ! さあ、やっておしまい!」
子爵の左右に立つ魔法使いが炎をまとった手を振り上げようとした、その瞬間。
「ひれ伏しなさい!」
アヤカさんのアルトが、いつもと違う大声量で響き渡ったかと思うと、なぜか頭や肩が子供でも乗っけたかのようにぐっと重くなった。何が起こったのだろう……おそらくアヤカさんが掛けた魔法の効果だと思うんだが、この程度の重さじゃあ、敵の攻撃を止められないだろ。
そうだ、今にも炎の魔法を放たんとしていたあの魔法使いたちは。そう気づいてあわてて二階のデッキを見上げても、そこには立っている者が一人もいない。まさかと周囲を見回せば、そこにはアヤカさん一人が口元に妖しい微笑を浮かべてたたずんでいるだけで……あれ、他のヤツらはどうしたんだ?
……彼らは、床に這いつくばって身動きも取れず苦しんでいた。敵も、味方も、俺とアヤカさんを除いて、全員が。
「こ、これは……」
「はい。闇属性最高難度のデバフ魔法『威圧』です。いにしえの魔王が用いた業とも言われていますわ。周囲一円の者を重力の軛につなぐとともに、戦闘意欲を徹底的に奪い去るのです」
いや、魔王の業とか言われてもな。何でそんなスゴ技、こんなに優しいアヤカさんが使えるんだよ。
「ふふっ、私はルッツ様の種を三度も頂いて、魔力はSSクラスを上回っておりますわ。そういう意味では、私はもはや魔王並みかも知れませんよ?」
怖いこと言ってくれるよなあ。魔王が嫁とか言われたら、引くわ〜
「まあ、ルッツ様の思っておられることはわかります。私もここまで来ると自分の力に怖さを感じる部分もあるのですけど……一番恐ろしいのは、むしろ貴方様のほうですよ」
「へえ?」
「私の『威圧』は魔王並みの威力のはず。ですが、その魔王のデバフを受けて、何事もなく立っているルッツ様こそ、化け物級でしょう」
はっ、そう言えば。ちょっと肩に水子が……もとい子供くらいの重さが一時かかった気がしたけど、たしかに今はもうなんともない。デバフに耐える修練を受けているはずの闇一族たちが、全員這いつくばって気を失いかけているというのに……俺はもう普通に動けているんだよなあ。
「マルグレーテ様の仰っていた通りです、ルッツ様の魔法レジスト能力は、魔王とはいかぬまでも、その眷属並みには大きいのですね」
「俺の力を讃えてくれるのは多少嬉しいが、たとえが魔王なのが微妙に傷付くっていうか」
「ええ、だってマルグレーテ様の光属性雷撃は、それなりに効いたのでしょう? 私の闇魔法の方が威力は強いはずですがほとんど効かず……きっとルッツ様がお持ちの魔力耐性が、光よりも闇に寄ったものなのだと思います」
否定できないのが悔しいが……まあ、これから闇一族と深く付き合っていくのだ。同種の魔力を持っているほうが、親近感を持ってくれたりするだろう。
「さあ、いつまでもこうしているわけにもいきませんね。動ける私とルッツ様で、敵を無力化してしまいましょう」
もう一度、アヤカさんが妖しい笑みを頬に刷いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ツェリ、私たちのせいで、迷惑をかけたな」
「よく、生きていてくれたわ。こうしてもう一度会えただけで、幸せよ」
「姉ちゃん、僕たちを助けるために教会から追い出されたって聞いたよ。あんなに憧れてた教会なのに……ごめんね」
口々にねぎらいの言葉をかける家族に応えることもままならず、ファンタジー世界にふさわしい紫色の目からとめどなく涙を溢れさせるツェツィーリアさん。母がその胸に抱き寄せれば、その背が震えて……やがて嗚咽が響く。
「さあツェリ、お母さんたちはもう大丈夫だから、泣きやんで。そして、私達家族の恩人に、深い感謝を捧げましょう」
「……は、はい」
そしてツェリさんと、その家族が床にひざまずいて、なぜかアヤカさんではなく俺に向かって拝礼する。それも胸の前で両手を交差させる、至高神に対してだけ行うはずの、信仰と崇拝を示す礼式で。
「いや、ツェツィーリアさん、俺をそんな神様扱いされても……」
ほんと困るんだけど。ちょっと前にはアヤカさんに「魔王に近い」とか言われた俺に、至高神への礼を捧げられても。まあ、彼女たちより前に俺を教祖様扱いしている女性が、二人ほどいるような気もするが……
「いいえ。辺境で数十人の賊に囚われた我が家族を救い出したそのお力、只人のものではありません。そして、貴方様のお生命を奪いかけた罪深き私に対しても、生きる希望を与えてくださったその慈愛……ルッツ様は、至高神の使徒様に違いありませんわ!」
え、使徒と来た? いや「使徒」と言ったら第三新◯京市に襲来した……とかシャレてる場合じゃないか。もうこれ以上宗教的な何かになりたくないんだが……残念ながら逃げるのは無理そうだ。そしてツェリさんの潤んだ目は、俺の背後に至高神を見ている。拒否したらストーカーになるのが確定だ。
俺は、この日一番の深い深い溜め息をついた。
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