第175話 また愛人が?

「ほっとしました。ツェリ様も、ルッツ様にお仕えして頂けることになって」


 アヤカさんが、ほんわかとした微笑みを向けてくる。それ自体は嬉しいのだけど、愛人が増えて喜ぶ妻ってどうなのよ?


「まあ、あのひとなら決して裏切らないでしょうね。良かったんじゃない?」


 ストロベリーブロンドの幼馴染まで、追い打ちをかけてくる。まあグレーテルも、愛人枠にミカエラを激推ししている、おかしな妻の一人だしなあ。


「ただ、彼女の光属性魔法使いとしての力は、まだまだと言うべきね。ルッツを守るためには足りない……早いところ、種付けをしないといけないわね」


 結局、そこへ行くのか。俺の身を第一に考えてくれるのはありがたいのだが……一夜の種付け相手ならともかく、継続的に想いを注がねばならない女性をこれ以上増やすのは、気の利かない俺にとっては、なかなかきついのだがなあ。


 俺にはすでに、妻が三人いる。まあこのへんまでは、許容範囲と言えるだろう。いきいきと輝くグレーテルと、陶器人形のように美しいベアトと、物理的にも精神的にも包みこんでくれるアヤカさん……みんな愛してるし、大事にしてあげたいと思ってる。


 だけど、俺の意志とは無関係に、最近「愛人枠」の女性が増えているというか、増やされているのが、ちょっとアレなんだよなあ。


 まあリーゼ姉さんだけは、間違いなく外せないよな。あれほど一途に想ってもらったら、応えないわけにはいかないし、はっきり言って女性として俺の、どストライクだし……実の姉じゃなかったら、三人目の側室にお願いしたかもしれない。


 クラーラはもう、俺の愛人ポジションだってことが、女王陛下にまで認められてしまった。もはや逃げようもないのだろうなあ。誰かときちんとした婚姻を結んで、幸せを育んで欲しいと思っていたけど、俺じゃないとダメだって言われたら、男としては……うん。


 そんな中でもアデルは、比較的気楽なお相手だよな。彼女の本質はガールズラブみたいだし、俺のことは一緒に気持ちいいことをして、ついでに力をくれる都合の良い男とみなしてくれているだろう。どこかで女性のネコ役を探してあげないといけないだろうか……グレーテルあたりに見繕ってもらうのがいいのかな。


 この辺から先は、俺も戸惑っている。決して俺から望んだわけではないのだけど……妻たちが次々と愛人候補を紹介してくることには、さすがに考え込んでしまう。


 まずはミカエラ、グレーテルの激推しだ。あの仔犬みたいな無邪気な可愛いさと、幸薄い生い立ちのギャップは、確かに保護欲をそそってくるのだが……どっちかというと彼女は妹枠、あんなことやこんなことをしちゃいけない気もしてるんだよね。それに、最近は餌付けでずいぶん懐いてくれたけど、彼女自身は俺と男女の関係になることを、積極的には望んでいないんじゃないかなあ。


 加えて、幼馴染が勝手にこさえた「リラの会」のメンバーがいる。銀のブローチ会員は特別な功績を挙げた時に一夜のお相手を務めればいいってことみたいだけど、金ブローチをつけた女性は、公認愛人という扱いであるらしい。今のところミカエラと鑑定要員のニコルお姉さんだけだからまだいいけど……「十人くらいは作るからね」とグレーテルは宣言している。これもかなり難儀だなあ。


 そしてついに、俺を殺しかけた神官ツェツィーリア……ツェリさんまで、愛人の列に加わることになるらしい。囚われの家族をなんとか無事に連れて帰ったあの日、感極まったツェリさんは、礼拝ポーズのまま俺に向かって宣言した。


「神のしもべ、ツェツィーリア・フォン・ヴェストホーフェンは、ここに誓います。ルートヴィヒ・フォン・シュトゥットガルト様を永遠の主と仰ぎ、この身も心もすべて捧げ、この生命尽きるときまでひたすらに尽くし、その御身を我が身に代えても守らんことを」


 いやいや、お父さんお母さんのいる前で身を捧げますとか生々しいことを言われると、思いっ切り居心地悪いんですけど。思わず身を縮めてツェリさんの家族に目をやれば、なんだかみんな同じように崇拝的な視線で、俺を見上げている。


「使徒ルートヴィヒ様、どうか我が娘の想いを汲み、お側で使ってやってはいただけませんか。何でも器用にこなせる賢い子です、きっとお役に立てると存じます。もちろん、使徒様のお情けをいただけるなら、なお重畳でございますが……」


 うぐっ。騎士だという母親にまでこんなことを言われたら、断れないじゃないか。この世界で身分ある者が身内を「そういう意味で」差し出して拒絶されれば、それは一生、いや末代までの恥と言われるということは、さすがにこの世界に幾年か生きて学んだ俺も、理解しているのだ。


 そんなわけで、ツェリさんにはとりあえず、バーデン領の教会で神官を務めてもらうことにした。司祭と神官、そして見習いが一人づついるけれどいつも人手不足で、あれやこれやの儀式も滞り気味だった我が領の教会も、これで少しは回るようになるだろう。イケナイことをするのは、ちょっと待ってもらおう……心の準備が、まだできていないんだよ。


「ここまで増えたら、もう何人でも一緒でしょ? 私はもう、悟りを開いちゃったわ」


 俺が他の女に目をやることに、あれほどヤキモチを爆発させていたグレーテルが、諦めたような様子でため息をつく。ずいぶん物わかりのいい大人になったんだなあ。ありがたいような、少し寂しいような……


「だけど、ルッツと人生をともにする『妻』は、三人だけだからね。それを忘れたら……わかってるわよね」


 その眉尻がキュッと上がり、グレーの瞳に苛烈な光が満ちる。怖っ、愛人枠さんに本気になったら殺されちゃうかもな……幼馴染みの本質が変わってないことを感じて、少し安心したのは内緒だ。

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