第55話 開戦したけれど
「帝国国境付近に、歩兵が二万ほど集結しています。追って三万ほどの増援が、王都を進発した由。兵糧を積んだ馬車も多く、長期の戦を想定しているのかと」
「うん、ここまでは予想通りと言えるわね」
闇の一族から上がってきた情報を簡潔に伝えるアヤカさんに、うなずく女王陛下。アヤカさん一族は、普段から周辺国に諜報要員を派遣し、一市民として潜り込ませている。お陰で何か事ある時は、こうしてホットな情報がすぐつかめるというわけだ。
使者を叩き出してすぐ、リュブリアーナ帝国が抗議声明を発するとともに宣戦布告してきた。ずいぶんタイミングが早かったのは、奴らも王国がこの婚姻を蹴ることを予想して、前々から準備していたのだろう。
「仕方ないわ、第一第二歩兵軍団を国境に向かわせなさい。そこに私とヒルダが出れば、通常の軍隊なら蹴散らせるでしょう。ベアトも戦場がいかなるものか知るよい機会です、ついてきなさい」
「ルッツは?」
「ルッツとグレーテルは未成年だから、従軍の義務はない。だからあなたたちには選択の自由があるわ、一緒に行く?」
「もちろん、ベアトお姉様をお守りしますわっ!」
「行きます」
グレーテルはやたらと勢い込んで、役に立たないであろう俺は肩の力を抜いて……だけど二人とも、迷いなく答えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
一気に侵攻してくるかと思われた帝国の進軍は、意外に遅かった。準備不足の王国側がバタバタと軍を編成して対峙した時、奴らはまだ国境から十数キロくらいしか進出してきておらず、大きな村が三つほど占拠されただけだったのだ。
「何か、策があるんでしょうね、どう思うヒルダ?」
「わからないわ、私たちが前線に出て来るまでモタモタしていたら、魔法使いの質に劣る帝国は不利になるってことが、わかっているはずなのに……」
軍事関係の魔法使いとして王国の双璧であるところの母さんと女王陛下が、帝国の動きをいぶかしんでいる。まあそうだよな、陛下が土魔法で敵の足を止めたところに母さんが無慈悲な範囲火炎魔法で焼き尽くす強烈コンボは、二十数年前帝国軍を壊滅させて以来、まさに無敵だったのだ。その間に王国領土が広がらなかったのは、女王陛下が外征を一切行わない、穏やかな方だったからにすぎない。
だが、その疑問はまもなく解き明かされた。アヤカさんから、至急のメッセージが戦場に届いたからだ。
「リエージュ公国の軍が首都を出ました。目標は、べルゼンブリュック王都」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「厄介なことになったわね。最初からこれが狙いだったわけか」
陛下が苦い表情をつくる。そうだろうな、いくら母さんの魔法が強烈だと言ったって、二ケ国から同時に攻められたら、一方はお留守になる。そして男どもが中心になる力押し部隊に関しては、両国が誇る重装歩兵に対し明らかに劣っているのが、ベルゼンブリュック軍の実力なのだ。まあ、強力な魔法使いという最終兵器を擁していれば、雑魚である歩兵などの育成にカネや人材を掛けていられなかったということだったのだろうが……今回はそこの弱みを突かれた格好になっているのだ。
王国西方のリエージュ公国は帝国との結びつきが強い。帝国から出兵を促されて断れなかったのか……あるいはベルゼンブリュック主力が北方に釘付けになっている間に、火事場泥棒で一儲けしようと企んでいるのか。
東のポズナニ王国は長年婚姻政策を通じて親交を結んでおり信頼できる同盟国だが、軍事力は弱い。援軍を求めるのは酷だし、何より準備が間に合うまい。
束ねた三本指を眉間に当て、目を閉じて考え込んでいたエリザーベト陛下が、ようやく顔を上げる。意外なことにその表情からは悩みが消え、明るく朗らかなものになっていた。
「ベアト」
「はい、母様」
「そなたは我が名代として正規軍の三分の一を率い、リエージュ国境へ転進しなさい。そして恥知らずの空き巣狙いどもを打ち払って、ここに戻ってくるのです。私とヒルダはそれまでとにかく守って、現在の前線を維持することに集中するわ」
「ですが私は木属性……戦争には向かない魔法使いです」
「そうね。だから若きSクラスの魔法使いを、ケチらずつけてあげるわ。アンネリーゼ!」
「はっ!」
なぜか部屋の隅に控えていたリーゼ姉さんが、直立不動の姿勢で答える。あの姉さんが、すっかり軍人さんだよなあ。
「第二第三魔法部隊を率いて、ベアトの指揮下に入りなさい。貴女の力を、王国全体に示す時が来たわ」
「御意に!」
Sクラスの魔力を持ちながらも戦闘向きでないとされていた水属性のリーゼ姉さんは、軍に入った時に工兵部隊を選んだ。だけど俺がちょっとしたアドバイスをしたら一気に才能が開花したっていうか、ようは戦えるようになったんだ。それを知った女王陛下は、ためらう姉さんに構わず無理やり戦闘部隊に転属させた……それが三ケ月前。そしていきなり十八歳の若さで、魔法使い部隊の指揮を任せるというのだ。魔法使いは実力主義だと言うけれど、この大抜擢……女王陛下の大胆な人事には、驚かされる。
「そしてグレーテル、貴女には従軍義務はないけれど、ベアトを助けて欲しいわ。今回は接近戦力で不利がある……『英雄の再来』と謳われるグレーテルの力で、切り拓いて欲しいの」
「もちろん行きますわっ、ぜひ、私にお命じ下さい!」
「ありがとう……ではハノーファー侯爵令嬢マルグレーテに命じます。先陣に立ち、勝利を我が国にもたらしなさい!」
「謹んで承りましたわ! 必ず、敵将を討ってご覧に入れますっ!」
ストロベリーブロンドの髪が魔力でぶわっとふくらみ、その瞳がらんらんと輝く。愛しき暴れん坊幼馴染は、とても凛々しく、美しかった。
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