第116話 こんなのまで、できちゃうの?

「麻痺回復ポーションも特級でしたか……」


「これ持っていけばシビレラフレシアもサクッと討伐できるな」


 やっぱりというか何というか、さらに高難度のポーションもあっさり最高級だ。一回も作ったことのない薬を完璧に仕上げられるなんて……この地味王女が他人に認めてもらえない努力をどれだけ続けて来たか、しのばれるというもんだ。


「次は魔力ポーションをいきます」


 いつのまにか、引っ込み思案の箱入り王女が、自分から次の行動を提案するようになってきた。それも、かなり難しい方に。


 魔力ポーションってのは、元世界のRPGでは基本ポーションだから作るのがそんなに難しくないものだったが……こっちではかなりの高難度モノだ。使ったときに回復できる量の二倍くらい魔力を込めないといけないので、そもそも膨大な魔力持ちしか作れないのだとか。だが今日のクラーラには、使える魔力量の制限がない……俺っていうモバイルバッテリーが常時接続しているからな。あとは、彼女が魔力をどこまで上手に注げるかだが……


「はぁ~っ。魔力ポーションの特級なんて初めて見ましたぁ……これならAクラスの魔法使いだってフルに回復できますよぅ。このお嬢さん、もしかしてSSクラスですか?」


 いやいや、Cクラスなんだよ。そう言いたいところだが、言ったら最後大騒ぎになることは必定だ、ここは一同、曖昧に笑ってごまかす。


「ここまで特級が続くと……」


「次は、欠損修復ポーションに行くしかないですね。もちろんレシピは修めています」


「いやしかしですね、アレはAクラス以上の薬師が数人がかりでようやく作れるものでぇ……」


 やたらと前向きになったクラーラに、魔法オタクである鑑定姉さんまで、さすがに引き気味だ。


「大丈夫です、きっと。このひとが私を、支えてくれる限り」


 そんな泣かせることを言いながら俺の右手を両掌ではさんで、上目遣いを向けてこられたら、応えないわけにはいかないわな。


「ええ、全力で支えますよ」


◇◇◇◇◇◇◇◇


「確かに鑑定結果は、欠損修復ポーション。ですけれどぉ……」


 まあ、そう言う反応になるか。そんな超貴重品を実際に使えるのは王族か、公爵侯爵クラスの大貴族だけ……実物を見たことのある奴なんて、ほとんどいないだろうしな。


「では、実際に使って試してみませんか? 必要なら、また作れますし」


 おいおい、この王女様、ちょっとキャラが変わってきたんじゃないか。やたらとポジティヴで、自信一杯になってきた気がする。ベアトの望む方向になってきたのは嬉しいけど。


 だが、せっかくだから効能を試してみるのは、ありかも知れないな。そう思った俺はマックスに急ぎの使いを出して、ここんとこ続出している怪我人の中から一番重たいのを送れと依頼した。そして三十分後、二人の男に両側を支えられてよたよたと歩いてきた女性の顔を見て、俺は思わず息を飲んだ。


 顔の上半分が、ぐちゃぐちゃに傷付いていたんだ。魔物になりかけの熊と戦って逃げ損ねたのだそうで、鋭い爪で張り手を一発食らったのだという。両目はえぐり取られ、鼻も潰れ、片側の頬骨は陥没して……命があっただけでもめっけものという状態だ。


「体力回復ポーションを湯水のように使ってなんとか生命は助けたのだが、もはや魔法はおろか、日常生活すらままならぬ。万に一つの可能性でもあればと思って……」


 立ち会いに来たマックスの表情も暗い。彼は見た目軽そうな若者だが、帝国から来た連中の生活をいかに良くするかに、いつも心を砕いている。優秀な魔法戦闘能力を持つがゆえに前線で戦い負傷した部下に対する想いは、強いのだ。


「このひとは、俺を助けるために逃げ遅れたんです。俺みたいな、何も役に立たない男を……優しい女性なんです! 何とかしてください!」


 女性の腕を取っていた若い兵士が、絶叫するかのように訴える。事故の後は命の恩人であるこの女性に日夜付き添い、食事から排泄に至るまで献身的に介護をしているのだという。


 グレーテルの規格外治癒魔法を使えばなんとかなりそうな気もするが、それを一旦始めたら切りがなくなる。バーデンの労働者は三万人、怪我人や病人は数百人単位で発生する……開拓の先頭に立つ彼女を、治療行為に張り付かせるわけにはいかないのだ。


「役に立つかどうかはわからないですけど、使ってみてください」


 クラーラが差し出す紫色の液が満たされた瓶をひったくるように手に取った若者が、それを自分の口に含むなり、横たわらせた女性に口づけ、少しずつ口移しで流し込んでいく。あごの骨がいかれて一気に嚥下することもできないのだろう……ちょっとずつちょっとずつ、根気よくポーションを飲ませていく。


 どれだけ時間が経っただろうか……女性ののどが、ごくりと動いた。自力で薬液を、飲み下す力が戻ったのだ。よく見れば、破壊されたあごの線が、もとの美しいカーブを取り戻しているじゃないか。


「ポーションを、目や鼻に少しづつ注いであげてください」


 女性の回復に若者が喜色を浮かべ、クラーラの指示に従って慎重にポーションを傷に注いでいく。一滴も無駄にすまいという気迫が、俺にまで伝わってくる。


「おおっ、目が、鼻が、再生していく!」


 マックスが驚きの声を上げた。さもあろう、正視出来ないほどひどい傷が徐々に新しい皮膚に覆われ、瓶の薬液があらかた無くなる頃、そこには白いまぶたと細く流麗な鼻筋が戻っていたのだ。そして、閉じられたまぶたが、ゆっくりと開いて……青く澄んだ瞳が、ずっと献身的に彼女を看ていた青年を真っすぐに見つめ、やがてその口が開く。


「見える、見えるわ……私を支え慈しんでくれたイェンス、貴方の姿が」


「フェオドラさん! 良かった、僕は、僕は……」


 涙と鼻水をたらしながら想いを訴えようとしている若者の首に、フェオドラと呼ばれた女魔法使いが両腕を回して引き寄せる。


「本当にありがとう……ねえイェンス、貴方にお願いがあるの」


「はい、何でも!」


「私は、優しい貴方が好き。これからもずっと、私の人生を支えてくれないかしら?」


「……も、も、もちろんです! ぼ、僕のすべてを、フェオドラさんに捧げます!」


 なんだか泣かせるドラマが、目の前で展開されている。台詞を噛まなければ、もっと最高だったんだけどな。ふと隣を見れば、クラーラも両の頬に、透明な流れを伝わせているのだった。


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