第117話 いろいろ実験
今日もクラーラと熱い夜を過ごした後、まったりと寝物語タイムだ。彼女の基礎体力のなさは一日目でよくわかったから、日付が変わるまで頑張るような真似はしていない。
「クラーラ……いや、クラウディアの製薬は本当に凄かったですね。あんな力があったら、多くの有能な人を絶望から救うことができます」
「ふふっ、二人きりの時は、クラーラでいいのですよ。私もここまで努力してきた成果を実感できて、とても嬉しかった……でもこれは、ルッツ様が与えてくれる無限の魔力によるもの。ルッツ様と離れて王都に帰ったら、私はまた役立たずのCクラス魔法使いに戻ってしまう、それが切ないです」
ふわりとした笑顔を向けつつも、目尻が少しだけ悲しげに下がる。そうだよな、力を存分に振るう喜びを下手に味わっちゃったら、それが使えなくなった時の悲しさは、より深いものになるだろう。だけど、彼女にそんな悲しみは決して味わわせないぞ。
「大丈夫ですクラーラ。貴女はこれからも、偉大な金属性魔法使いでいられますよ。そのために、こうやって子作りに励んでいるのですから」
俺の言葉に彼女が、耳まで紅く染める。先程まで二人で繰り広げていたあれやこれやを思い出したのだろう。
「る、ルッツ様は意地悪です……でも、子作りと私の魔法、どういう関係があるのですか?」
「ベアトから聞いていませんか。俺の種を付ければ高い魔力の子が宿り、その子の魔力を貴女が使うことができる。そしてその子がお腹にいる間に貴女自身の魔力も増大し、出産した後も高い魔力を維持できるのです」
「そ、そんな、ことが……」
そうか、俺のモバイルバッテリー能力をクラーラが知っていたから、てっきりこの話も伝わっていると思ったけど、ベアトは話していなかったんだ。思わぬ話に混乱しているのか、結局子作りの話だから恥じらっているのか、目の前で布団に顔をうずめているクラーラは、はるか年上なのに、かなり可愛い。
「どうしましたか、クラーラ?」
「……」
「クラーラ?」
不意に、がばっと彼女が顔を上げた。その表情にはもう困惑や悲哀は感じられず、若者らしい未来への希望だけがあった。
「それなら、必ずルッツ様のお子を孕むよう、もっと頑張らねばなりませんね、ふふっ!」
不意討ちでカマされた満面の笑顔にドキッとした俺は思わず彼女を抱き締めて……やめておこうと決めていた二回目に突入してしまったのは、修行不足ってことかなあ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日から、彼女の魔法の可能性を広げるために実験を続けた。うまくいったものも行かなかったものもあるけど、全体として彼女の魔法制御力の高さが、やればやるほど実感される。
錬金術ってのは早い話が化学実験みたいなものなので、それを司る金属性魔法は、二十一世紀日本の知識と、実に相性がいい。ただ、俺はそれほど熱心に化学の勉強をしてなかったから、合成とか反応とかいうのは、まったくダメだ。自然のものにどんな有効成分が含まれているかをクラーラに教え、それを彼女が魔法で抽出する……そんな共同実験を、ひたすら試してみるのだ。
期待していたのは、一般人の使える普通の薬だ。彼女は薬師としてものすごい品質のポーションを作り出せるってことを確認できたけれど、あんな少量生産の高級品、一部の貴族か大商人くらいしか恩恵に与れない。もっと効き目が弱くてもいいから、大衆にも手が出るような薬を作ってやれば、彼女も望み通り「国民のための魔法」って誇れると思うんだよな。
真っ先に考えたのは、抗生物質ペニシリンだ。あの万能と言ってもいい薬が、アオカビから発見されたってのは有名な話だからな。木属性の魔法使いを十人ほど集めてそのへんのアオカビを魔法で大繁殖させて採集し、有効成分を取り出そうとしたんだけど……さすがにダメだった。
「やはり、マンガのようにはいかんか……」
「マンガって、何ですの?」
しまった、クラーラが不思議そうな顔で、俺を見てる。マンガってのはあれだ……江戸時代にトリップしたお医者様がカビからペニシリンを作って江戸の民を救うってストーリーを、行きつけのラーメン屋でよく読んだものだ。だがさすがに彼女には、俺が異世界人だと知られるわけにはいかないだろう。
抗生物質の王様ペニシリンには失敗したけど、上手くいったものもある。それは木クレオソートだ。
バーデン領では今、炭焼き作業真っ最中で、その煙を利用しようっていうわけだ。炭焼き窯から出る煙突を横向きに曲げて、それを適当に冷やしていくと濃い茶褐色の濁った液体がたらたらと出てくる、いわゆる木酢液だな。そんな液を丸ごと一樽集めて、彼女にお題を与えるのだ。
「クラーラ、どんな匂いがしますか?」
「酸っぱい匂いが強いですけど、何か芳香もしますね」
「じゃあその『芳香』だけを分けて、こっちの瓶に入れることは出来ますか?」
かなり無茶な俺のオーダーにも素直にうなずいて、彼女はまぶたを閉じて念じ始める。もはや俺の言うことを毛ほども疑わず、ひたすらそれを実現しようと集中しているのだ。その姿は純真そのもの、何とも言えないピュアな色気が漂う。思わずイケナイ気分になってしまうけど……今はいかん、今はな。
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