第115話 ひょっとして大物なの?

「あの……ルッツ様の仰っていることがわからないんですけど」


「クラウディアは、魔法を上手に操る能力には自信があっても、魔力が少ないことだけが不安なんですよね。そこで……俺の能力、ベアトから聞いていませんか?」


「……あっ」


 クラーラもようやくわかったみたいだ。俺が魔力モバイルバッテリーになれるってことは限られた人にしか知られていないが、この敬愛する姉にはベアトが教えているだろう。


 俺が継続して彼女に魔力を注げば、魔力上限の問題はなくなる。そうすれば後は、彼女の学んだ知識とスキル、そして役に立たないことを知りながらもひたすら鍛え上げた魔法制御力の出番になるのだ。


「では、毒消しのポーションを作ってみましょうか、レシピはわかりますか?」


「もちろんです……馬鹿にしないでくださいっ」


 おっ。ずっとこれまで消極的な発言しかしてこなかったクラーラが、初めて強気なニュアンスの言葉を絞り出した。長年学びを怠らなかったことへの誇りが、そうさせるのだろう。


「ではまず……」


 作業台に向かう彼女の背中に俺が自分の掌を当てると、びくんと筋肉が緊張するのが伝わってくる。箱入りちゃんにはまだ男の手は慣れないかもしれないけど、ここは我慢してもらわないと、先に進まない。


「あっ……流れ込んでくるっ」


 クラーラが、思わずといった風情で言葉を発する。毎度のことながら俺にはそのへんがわからないが、魔力が彼女に流れ込んでいるのだろう。さっき容量一杯魔力を使っていた後だけに、ものすごい勢いでチャージしているのだろうけど……魔法が使えない俺には、さっぱりその辺が感じ取れないのだ。


 徐々に彼女の身体のこわばりが解け、女性特有のふにゃりとした心地よい柔らかさが戻ってくる。栗色の柔らかそうな髪も、魔力を帯びてふわりと膨らむ。


「できそうです、やります」


 そして彼女は、てきぱきと薬剤を処理し始める。その動きには全く迷いがない……きっと魔力制約で作れない品種のポーションについても、作業シミュレーションを長年続けてきているのだろう。天賦には恵まれなかったとしても、努力の王女なのだ。


 そして、彼女が魔力を薬液に注ぎ始める。もちろん俺がずっと触っているから、彼女はモバイルバッテリーつなぎっぱのスマホ状態だ。


「こんな感覚……初めてです。私にもできる、できます!」


 彼女の声に、力がこもる。心なしか薬液から、淡い光が発せられているようにも見える。


 やがて、彼女が深い息を吐いた。調薬が終わったらしい……鑑定のお姉さんが、俺が命じてもいないのに奪い取るようにポーションを手に取り、品質を見極める。


「こ、これは! やはりと思いましたが、と……特級品ですぅ! これなら竜毒でも治せますっ、素晴らしいわ!」


 まるで自分が作ったかのように大喜びする鑑定姉さんだが、気持ちはわかる。特級ポーションなんか、ベルゼンブリュックではほとんどお目にかかれないからな。


 ポーションってのは下級から中級上級、そして特級があるけれど、レシピは同じ。その等級によって効能は全く違うけれど、その違いを生み出すのはひとえに製作者の腕前だけなのだ。ベルゼンブリュック最高の薬師でも、体力回復薬の特級を作るのがやっとで、より難度の高い毒消し特級に至っては輸入品しか存在しない。そんな貴重な特級毒消しポーションを、サクッと目の前でこさえられたら、そりゃあ興奮するか。


 クラーラが作った毒消しは、まるでエメラルドのような明るい緑色……夾雑物などまったくなく、最上級の宝石のように清く澄んでいる。


「綺麗だなあ。でも……なんで体力ポーションは上級止まりだったのかな。毒消しより難度は低いんだよね?」


「はい。一本目は魔力切れを気にしながらでしたので、魔法制御に全力を出すわけにいかなくて……」


 ああ、なるほど。二本目はモバイルバッテリー付きだったから、スマホがフル出力で回転できたってわけか。そうすると、魔力供給さえ保証してやれば、この女性はベルゼンブリュック最高の薬師になるってことだな。その才能は生まれつきじゃなく、努力で勝ち取ったもので……俺の昭和メンタルが、それをとても美しく感じてしまうんだ。


「あ、あの……」


「何でしょう?」


 まだ感動に目をうるうるさせている鑑定姉さんが、遠慮がちに口を挟んでくる。


「ここまで素晴らしいものを見せて頂いたら、他のポーションもぉ……」


 まあ、そうなるか。毒消し特級なんてすごいものを見せられたら、その能力限界を見たくなるのが、魔法オタクの習性ってやつだ。


「いいでしょう、ですが……彼女が立て続けに製薬できることだけは、機密ですよ。漏れたら……わかっていますよね」


 そう、クラーラの類まれな能力は、知られて困るものではない。まあそもそも、偽名で通しているしな。


 だけど、彼女が何連発だろうとじゃんじゃん製薬できることを知られれば、当然俺のモバイルバッテリー能力に気づかれてしまうのは必然だ。それは何かとヤバいんだよ。


「……は、はいぃ……」


 とりあえずは、脅しが効いたようだ。この姉さんには後で口止めに、なにか飴をしゃぶらせてやらないとな。


「よし、じゃあクラウディアが知っているレシピを、全部試してみようか」


「百近くありますけど、よろしいのですか?」


「……主なものだけにしましょう」


 マジかよ、恐ろしい王女様だ。

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