第114話 貴女にもできる

「クラウディア」


「はい」


「貴女が魔法で出来ることを、なるたけ多く教えてください」


 ハードな寝室エクササイズを終えて、まったりと寝物語などしながら、俺は彼女が「できること」を探っていく。金属性は元世界で言うと工学、化学、薬学全般と、やたらと範疇が広いのだ……同じ属性を持つ者でも個人個人で得意な術が異なるらしい。


 クラーラは俺の詮索に何の疑問も抱かず、軽く首をかしげながら素直に教えてくれた。


「そうですね……一番得意なのは刺繍や装飾品のような、細工物を造ることでしょうか。薬学は一通り修めましたが、魔力が少ないので体力回復ポーションを一日一本作るのがせいぜいです。花からアロマオイルを作ることなども出来ますが、これも魔力量の制約でスプーン一杯くらいが限度で」


 う~ん、まあ予想通りか。花から精油を抽出できたりするんなら、元世界の化学全般は知識を与えれば行けそうだ。


「じゃあ、明日はまず、ポーション作製でもしてみましょうか?」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日。俺はクラーラを連れて、領の製薬所に向かった。


 冒険者の前線基地であるシュトゥットガルトでは、もともと体力回復や魔力回復、あるいは毒治療や麻痺治療なんかのポーションに対する需要は多い。そこにもってきて三万近い戦争奴隷が日々開拓労働をしているのだ、怪我もすれば病気にもなるわけで……治癒魔法持ちである光属性の魔法使いは少ないこともあって、ポーションの必要性はいや増しているのだ。


 そんなわけで俺は真っ先に製薬所をつくり、ポーション作製スキルを持つ金属性魔法使いを集めていた。だけどポーション作りと言うやつはかなり高い魔法制御力を必要とするものであるらしく、千人近い金属性持ちがいるというのに、適性があるのは百人にも満たなかった。


 クラーラは魔力が少ないことが弱点だが、努力で伸ばせる魔法制御力に関しては、かなりのものであるらしい。ならば、金属性魔法の中で最も制御力が問われる製薬をしこしこやってもらって、我が領のポーション不足解消に寄与してもらうとともに、失われた自信を取り戻してもらうとしよう。


「じゃあクラウディア。まずは、体力回復ポーションを作って下さいね」


「はい……久しぶりなので、自信はありませんけど……」


 なんとも頼りなげな返答をしつつも、クラーラは素直に与えられた作業台に付き、なんの迷いもなく的確な薬材を手に取り、素早くすりつぶし、計量器も使わず混ぜ合わせてさっさと火にかける。レシピが完全に頭に入っているのだ……彼女の言う「一通り修めた」というのは、生易しい「一通り」ではなかったようだ。


 だが、加熱段階で魔力を注ぐことで、薬液がはじめて有益なポーションになる。ここでは魔力量がモノをいう……ここに集めた金属性魔法使いのほとんどが、一日に二本作れればいい方で、バーデンに二人だけいるAクラスでも、ようやく五本くらい作れる程度なのだ。


 予想通りというか……一本のポーションを作り終えた彼女は、魔力が枯渇したのか肩で息をしている。この程度でへばるようだと、確かに薬師で身を立てることは難しかろう。そう思って彼女が作ったポーションの瓶を手に取ると、なんだか違和感がある。


「やけに、澄んでるな?」


 そう、薬材をぐつぐつ煮出したポーションは、普通ならかなりの濁りがあるのが当たり前なのだ。だがクラーラが作ったそれは、きれいに澄んだ黄色……俺が普段目にしているポーションとは、別物だ。


「ねえ、これ鑑定してみてくれる?」


 俺は、クラーラのポーションを「鑑定」持ちのお姉さんに渡す。金属性というのは本当にバラエティ豊かな魔法で、ごくまれにだけどアイテムの性能を詳細に調べられる「鑑定」能力を備えた女性がいるんだよね。うちの領には三人しかいないけど。


「こ……これはぁっ!」


 お姉さんがアニメ声を張り上げる。


「何か変なの?」


「いえっ、これは体力回復ポーションに間違いありません、間違いありませんがぁ……おそらく効能は、通常品の二倍近い『上級』品ですぅ」


「……マジか」


 さすがにこれには驚く。なんで本職の薬師でもない王女が、そんなスペシャルドーピング薬を作れるんだよ。


「ポーションの効能は、魔力をいかに精度よく注ぐかで決まります。濁っているのは魔力にムラがあるからで、そういうものは全ての有効成分が吸収されないのです」


 不意にクラーラが口を開く。今までの自信無げな様子と違って、きっぱりとした態度で。


「じゃあ、クラウディアが魔力を注ぐのが、むちゃくちゃ上手いってことか?」


「そうなるかもしれません。魔法制御力だけはこれでもかというくらい、鍛えていますから。私に魔力量さえあれば、良質の薬を皆さんに提供して差し上げられるのですが……」


 少し自信を取り戻したように見えた彼女が、また目を伏せる。魔力Cクラスという強固な枷が、彼女の可能性を縛り付けていて……それがあの引っ込み思案につながってしまっているのだろう。


「大丈夫です、クラウディアはできるようになります。いろんなことがたくさん、ね」


 俺はできるだけ明るく、宣言した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る