第184話 陛下の裁断

 王都は、少し暑くなったかなと思う他は、前回となんにも変わっちゃいなかった。


 それも当たり前か、先月も妹の顔を見ようと、訪れたばっかりだもんな。バーデンみたいな辺境に行ったら王都なんて年に一〜二回しか来られないと思っていたけど、なんだかんだでしょっちゅう戻ってきていて……そのたびにベアトに会えるのが、とても楽しみなんだ。


 まずは、実家に顔を出すのが先だな。フロイデンシュタット家のタウンハウスでは、母さんとジーク兄さんが待っていてくれた。父さんは領地に戻って、領民が動揺しないようにああだこうだと宣撫に努めているのだそうで……いやはや、尻拭いお疲れ様ってところだ。


「大変だったわね、ルッツ」


「うん、まあ……母さんこそ」


「ふふふっ、母さんは幸せよ。だって……十五歳からずっと働き続けてきたのに、今日も、明日も、軍に顔を出さなくていいなんて。いい、タイミングだったのよ……いつまでも伝説の英雄がウロウロしていたら、後進がやりにくいわ。これを機会にすっぱり身を引いて、国軍はリーゼに任せるつもり」


 母さんは空気読まない自由人だと思っていたけど、国軍組織のことを気にしてくれていたんだなあ。これは、失礼ながら意外だった。


「たっぷり育休をもらったと思うことにするわ。この子が手離れして、まだ力が余っていたら、バーデンで冒険者として雇ってもらおうかな、どう?」


「そんな日が来たらいいね、母さんなら即戦力、大歓迎さ」


 そう、母さんが「魔の森」に来てくれたら、人間の領域が一気に広がりそうだな。邪魔する魔物なんか一発で焼き尽くしてしまいそうだし。元世界の焼畑農業みたいになっちゃいそうだけど。


「……ごめんね、ルッツ」


「え? 何が?」


「マテウスとニクラウスがあんなになってしまったのは、やっぱり育て方を間違ってしまったのかなって。軍務が忙しかったことを言い訳にして、あの子たちの教育に深く関われなかった自覚はあるんだ。使用人任せの時間が長すぎて……自己中心的な行動を誰も叱らなかったんだと思う。結果としてそのツケを、ルッツとリーゼに払わせちゃっているよね」


「それは違うよ。あれは兄さん二人の問題、母さんが悪いわけじゃない」


 そうさ。乳母や執事任せって言ったって、貴族界隈ではそれがスタンダードな子育てスタイル。リーゼ姉さんだってジーク兄さんだって同じ育てられ方をしたのに、二人は思いやりあふれる思慮深い人に育ったじゃないか。


 それに、バカ兄たちはもう二人とも、いい大人じゃないか。そしてこれまで何回も自分たちの過ちに気づくチャンスがあったのに……それを無視してきたのは、彼ら本人だ。


「気にすることはないよ。だけど……あんな人たちでも、母さんの子だ。厳しい処罰になると思うけど、平気?」


 俺の問いは、少し不用意だったようだ。物憂げに視線を下に向けていた母さんが、きっと面を上げておれにまっすぐ鋭い視線を向けた。


「もちろん、厳罰を望むわ。平気かって言われれば平気じゃないけれど……あの子たちがやったことは、国家の土台を揺るがしかねない、重大事件なの。これを許していたら、女王陛下の統治が危うくなる……決して甘い対応をしてはいけないの」


 きっぱりと言い切られた。十代の時からずっと軍人として、人生をかけて守ってきたベルゼンブリュックの安寧が、母さんにとって一番の優先順位なんだ。けれどさすがに、その語尾が震えていて……複雑な思いがあるのだろう。


「さ、湿っぽい話はここまで。マチルダの顔、見たいでしょ? その後は目いっぱい御馳走を用意しているわ、秘蔵のワインも空けるから、楽しみにしていてね!」


 きゅっと口角を上げた母さんは、いつもの能天気で明るい母さんに戻っていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日。俺と母さん、そしてリーゼ姉さんは、王宮にあがって女王陛下と謁見していた。いつもの気楽なそれと違って、大広間で文武百官立ち合いの元で行われる、厳粛な謁見だ。


「国軍魔法部隊総司令、アンネリーゼ卿!」


「はっ」


「アンネリーゼ。今回の事件に関する卿の調査結果は受け取りました。証拠不十分な点はありますが、蓋然性の高いものです。引き続き調査を進めるとともに、司令官職の継続を命じます。愚かな兄を持った不運はあれど、そちに代わる魔法使いはこの国に居りませんから」


「はっ、恐悦至極! 生命に代えても職責を全ういたします!」


 高位貴族たちの間でざわめきが広がる。軍をクビにはしないだろうが、司令官からの降格処分程度は、十分予想されていたのだ。それは姉さんも同様で……その目尻には、涙のしずくがあふれそうになっている。


「フロイデンシュタット侯爵ヒルデガルド卿!」


 そして、ひときわ高い侍従の声に、母さんが女王陛下の前に進み出て膝を屈する。


「こたびの騒動、卿の責任は重いですね」


「はっ、愚かな息子どもを放置いたしました私の怠慢、いかなる処分も覚悟しております」


「ええ……子を導けなかったことは親の罪。ですが、ヒルデガルド卿をこの二十数年ひたすら前線で便利に使い、わが子を愛しみ育てる時間を奪ったのはこの私です」


「陛下……」


「そして、二度にわたり国難を救った『炎の英雄』に与えるべき罰を、私は知りません。フロイデンシュタット家には、教会の救貧事業に一万金貨の寄付を命じます、罰は以上」


 貴族たちの反応は、予想通りといったところだ。陛下と母さんが戦場で培った絆は、知らぬ者などなく……そして「炎の英雄」の功績をくさすことができる者も、いないのだ。


 そして、俺の番がくる。


「シュトゥットガルト侯爵ルートヴィヒ!」


 侍従の声が、ややとげとげしく響いた。

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