第183話 王都召喚

 リーゼ姉さんの事件捜査がちょうど一区切り着いた頃、俺あてに女王陛下からの召喚状が届いた。


 さっそくグレーテルに書状を渡したけど、彼女は驚きも見せなかった。


「王都へ呼び出しですって? ああ、まあ仕方ないわね」


 あれ? 納得しちゃうんだ。


「だって、今回の事件は危うく内乱になりかねなかったのよ。口さがない連中は領主であるルッツ、ひいてはその配偶者であるベアトお姉様を批判するでしょう。だけど実際のところ、ルッツは単なる被害者だわ……主犯があのおかしな兄上だってことを除けばね。だから余計な事を言い回る奴らが出ないうちに、ルッツの責任は問わないってことを、陛下自身が直接、高位貴族たちの前で表明する必要があるわけよ」


 なるほどなあ。陛下なりの配慮というわけか。そんなの布告出して終わりでいいじゃないかと思う俺だが、こんな中世貴族的社会では「直接、目の前で」が重要なんだな。こういう貴族っぽいあれこれのカルチャーは、グレーテルにいちいち教わらなければならない俺だ。


「一応それが表向きの理由ではあるのだけど……陛下がルッツを呼んだ真意は、別にあると思うわよ」


「え? それって、何?」


「だって……そろそろ予定日、でしょ?」


「あっ……」


 そうだった。昨秋に種付けしたクラーラが、そろそろ出産する時期なのだ。産まれてくる子供、そしてクラーラに会わせようと、ピンポイントで今、呼び出しを掛けてきたってことか。いやはや、グレーテルに指摘されて初めて気づくとは……やっぱり俺って「鈍い」男なんだろうな。


 こんな会話をするたびに以前は辛そうな表情をちらりと窺わせていたグレーテルも、今は何やら嬉しそうな顔をしている。新しい生命をお腹に宿した者同士、何か通じ合うものがあるのだろうか。


「うん、そういうことなら私も、護衛について行こうかな!」


「いやいや、やめとこうよ……」


「お腹の子のこと気にしてるの? 言ったでしょ、私には最強の治癒魔法があるんだから、気にしないでいいのに。だって実際、毎日森の伐採は続けてるのよ?」


 そうなのだ。大事を取って欲しいと言う俺を無視して、グレーテルは連日魔銀の大斧を両手に、木こりの女王として活躍中だ。


 まあ実際、この世界の強き女性たちは、出産前後にちょいと休むだけであとは働きまくるというケースが多いのだが……護衛業務ってのは不意の襲撃や戦闘がありうるわけで、身体精神とも負担は大きいはずだ。さすがに今回は、遠慮してほしいわ。


 そんなわけで不満顔のグレーテルを何とかかんとかなだめて、今回の護衛隊は帝国風魔法使い女性たちにお願いすることにした。


 この護衛隊は、同じメンバーで三回目だ。さすがに連携もしっかりとれてきて、ミカエラのえぐい石弾攻撃を主砲として、風魔法で援護する戦い方がすでに確立している。そして、風魔法使いたちをしっかりまとめて若いミカエラをもり立ててくれる、一番年かさのコルネリアさんというお姉さんの手腕もなかなかのものだ。うん、今回も任せて良さそうだよな。


「そっか、お腹の子を思ってのことなら、仕方ないわね、今回はルッツの言う通りにしましょう。だけど……そろそろ、護衛隊の女性たちに『ご褒美』をあげないといけないんじゃないの?」


 うぐっ、それを指摘されると反論できない。ミカエラを除く帝国魔法使いの女性たちは、俺の「種付け」目当てで参加しているのだった。すでに全員、俺の種を受けたら帝国には帰らず俺やベアトのために尽くすという誓紙を提出している。ベアトの許可も下りているし、俺さえうんと言えば、速攻で「する」流れだ。


「うん……真剣に考えなきゃいけないとは、思っているんだけど」


「私たちのことを気にしてくれてるのなら……いいよ。彼女たちの誓いに嘘はないと、ベアトお姉様も『精霊の目』で見たってことだし。これからずっと狙われる立場になるルッツを護るには頭数が必要……優秀で忠実な魔法使い家臣は、たくさん欲しいわ」


 そう口にするグレーテルの表情は、なんだかずいぶん穏やかだ。以前は他の女に視線を向けるだけでカリカリ来ていたのに……


「大丈夫、私はルッツを愛してる。こんなに大切なものを授けてくれた、かけがえのない男性だもの。そして信じてる、他の子に種付けしたって、私やベアトお姉様、そしてアヤカは特別だって」


 お腹を優し気にさすりながらそんなことを言う姿を見たら、心臓がギュッと収縮してしまう。思わずそのストロベリーブロンドの頭をぐっと引き寄せて、ピンク色の唇に自分のそれを重ねる。しばらくお互いの唾液を味わいあって、ゆっくりと身体を離す。


「今回ばかりは何の危険もないよ。ミカエラたちだけじゃない、リーゼ姉さんと優秀な部下も、一緒なんだから」


「そうね、今回は戦力過剰かも。むしろ……王都に行ってからの戦いのほうが大変かな。気を付けてね、高位貴族の半分は、ルッツの足をいつ引っ張ってやろうかと、手ぐすね引いている奴らよ」


 俺は、ゆっくり大きく一つ、うなずいた。

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