第182話 めんどくさいあれこれ

 思わず冷や汗をかく事件だったけど、後片付けは進んでいる。


 バカ兄たちはとりあえず地下牢にぶっこんだ。大規模動乱になりかねない扇動を行った罪は重く、本来であれば即刻処刑でもおかしくない。実際、王都にいる母さんは不肖の息子たちを極刑にするよう陛下に奏上したというが、背後にいるであろう黒幕を追い込むための生きた証拠として生かしておくよう、ベアトが幽閉を進言したという。


 どうしようもないバカ兄だが、母さんからしたらそれでも自分のお腹を痛めて産んだ子、どんなに阿呆でもここは庇ってしまうのではないか……そう考えてしまった俺は、やっぱり現代日本の感覚なんだと痛感する。母さんが優先するのはあくまで国家の秩序と国民の安寧、そして陛下への忠誠なのだ。この世界の貴族の価値観は、俺が想像するよりはるかに厳しいものであるらしい。


 母さん自身は、息子がやらかした一大事の責任をとる形で、すべての公職を辞して謹慎。同じく魔法使い部隊の司令官を辞そうとしたリーゼ姉さんだが、女王陛下はそれを許さなかった。


「こたびの件、フロイデンシュタット家の責任は極めて重い」


「はっ、承知しております、ゆえに私も公職を……」


「辞めれば良いというような軽い責任ではない」


「……御意。ですが、小官はいかが身を処すれば……」


「卿の責任で、本件の経緯をすべて詳らかにせよ。犯人らの足取り、クスリの入手ルート、犯行の動機……そして背景を。あの二人だけで、これほど大きな陰謀を計画できるとは思えぬ、教唆した者がかならずいるはずだ。アンネリーゼよ、卿に全権を与える。必ず、真相を掴むのだ」


「……はっ、生命に代えましても!」


 王都で、そんなやり取りがあったのだという。まあ、陛下が仰った最後の言葉はリーゼ姉さんに言ったようでいて、居並ぶ高位貴族たちを意識してのものだろうな。そいつらの中に必ず、王都から糸を引いているやつがいるはずで……そいつらがこれ以上余計なことをしないよう、釘を刺したってわけだ。


 まあそこまで陛下に言われたら、リーゼ姉さんのやる気が数倍になるのは仕方ない。もともと何に対しても真面目全力で取り組むタイプの姉さんだ、連れてきた部下にきびきびと指示を出し、自らも膨大な書類を片付けつつ情報収集の前線に立つ。何だか彼女が、昭和の学級委員に見えてきた俺だ。


 その真摯で決然とした目つきを見ちゃったら、俺と姉さんのいかにも公認愛人らしい色っぽいあれこれが、遥か彼方に遠ざかってしまったのを感じざるをえないよなあ。


 まあ、仕方ないか。今回は下手をすれば俺自身が監督不行届で処罰されても仕方なかった案件だ、せいぜい姉さんに協力して、黒幕解明に務めるとしよう。


「どう? 進度あった?」


「だめね。あの館を徹底的に洗ったけど、直接的な指示の証拠は出なかったわ。どうせあの兄さんたちだもの『ルッツに一泡吹かせられる』ってだけで簡単に引き受けちゃったのでしょうね」


 そう。捕まえたバカ兄たちは反省などかけらも窺わせず、相変わらず待遇にブウスカ不満をがなりたてているのだ。自分の立場を、全くわかっちゃいない。一応尋問はしたけど、ひたすら俺が悪いとかリーゼ姉さんが悪いとか主張するだけで……尋問用の怖いクスリを多少使っても、なんの成果もなかった。おそらく姉さんの言う通り、うまく乗せられて便利に使われただけなんだろう。真正のバカだ。


「クスリの出どころから、たどれないのかな?」


「う〜ん、あのクスリは禁制品だけど、昔から存在していたもの。入手できるルートは、いくつもあるそうよ、そっちから追い詰めるのは難しそう」


「ならば、闇一族頼りになっちゃうか……」


 そう、こういう陰謀関係にやたらと強い闇の一族は、すでに糸口を見つけていた。


 この事件が起こる前からバカ兄たちの館に出入りする者を徹底的にマークし、そいつらのうち王都に向かう奴の後をつけるという地道な活動をして、奴らが何を企んでいるか調べていたのだ。残念ながら最初の事件は防げなかったが……怪しい奴が帰っていった貴族家はわかった。王都駐在のカナコ族長がその屋敷に張り付き、忍び込む機会を狙っているのだという。


「なにかつかんでくれるといいけど……危ない真似はして欲しくないんだよね」


「本当ね」


 俺と姉さんが視線を交わしあったその時、背後から突然落ち着いたアルトが響いた。


「叔母は必ず、何らかの証拠を持って参ります。そのためには、多少の危険などものともしないでしょう。たとえ一族の者が幾人、露と消えようとも……」


 怖っ! アヤカさんの口調は静かでフラットだけど、言ってることは殺伐極まりなく……それまで気配を消していただけに、余計怖いよ。


「そういう深刻なことを当然のように言って欲しくないというか……」


「当然のことではありませんか。一族が御屋形様と仰ぐルッツ様が、危うく争乱の汚名を着せられそうになったのです。首魁を必ず突き止め、地の果てまでも追い……愚かにも我が主に害なそうとした者に、報いをくれてやりませんと。そのためならば我ら闇の者、生命など惜しみません」


 いやいや、生命は惜しもうよ……そう突っこもうとして、俺は言葉を飲み込んだ。アヤカさんの黒く深い瞳の中に、冷たく蒼い炎が燃えていたのだから。



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