第181話 アヤカさん無双
扉をぶち破って、リーゼ姉さんと部下たちが一気に館になだれ込む。その後に闇一族が、最終兵器アヤカさんを守りながら続く。俺もその一員ではあるけど、今回は役に立たないんじゃないかな。
バカ兄たちに貸し与えた館は、王室直轄領になる前のシュトゥットガルト侯爵邸だ。辺境の小領地とはいえ貴賓を迎えてパーティをすることなんかもあることを予想して、エントランスの先は無駄に広い大広間というレイアウトになっている。
だが、その広間は、兄たちが入居する前の瀟洒なしつらいとは様相をまったく異としていた。立食パーティ用に使うはずだったテーブルには、多数の酒瓶とともになんだか怪しい色のポーションが、雑然と載っかっている。
そして部屋の大半を占領しているのは、元世界でいうとキングサイズ、いやそれよりも一回り大きいベッド。それがなんと八つも置かれているのだ。一目見ただけで、何をするために使われている場所なのか、理解できてしまう。さすがに気色悪くて、吐き気がしそうだ。
そんなベッドの一つで、ニコルさんは下着だけの姿にさせられていた。意識はあるようだけど、酒場で盛られたクスリの作用なのか身体が自由に動かせないらしい。一生懸命に抵抗しているが、弱々しくひじから先をパタパタさせているだけ。隣のベッドに転がされているコリンナさんには、まだ意識が戻っていないみたいだ。
なるほど、意識が戻るのを待っていたっていうわけか。確かにお相手がマ〇ロだと、面白くないからなあ、俺にもよくわかる……いやいやいや、クスリ盛って自由を奪う時点で、ダメだろそれ、もろ犯罪だぜ。
「動いてはいけません! 卿らの所業は王国法に背くもの、見逃すわけには行かないわ。大人しく我々に従い、裁きを受けなさい!」
同じ女性であるリーゼ姉さんの怒りは、俺よりはるかに大きいらしい。見る間に姉さんの身体を蒼いオーラが包み、周囲に氷槍が十数本形造られ、いつでも撃ち出せる体勢だ。
「ふん、誰が来たかと思えば、リーゼか。この兄に命令するとは、何様になったつもりだ? おいお前ら、やってしまえ!」
マテウス兄があごをしゃくると、取り巻きの男がナイフを構えた。そしてメイドの恰好をした女が二人、素早く呪文を詠唱したかと思うと、一人は火球、もう一人が空気弾を飛ばしてくる。
だけど、リーゼ姉さんは落ち着いていた。火球に氷をぶつけて相殺したかと思えば、ナイフを投げようとしていた男の肩を氷槍で貫く。容赦無いようだが、姉さんの実力なら一発で心臓を潰せるはずで……か弱い男に配慮しているってこと、やっぱり優しいよなあ。そして部下たちが風属性の障壁を張って空気弾を跳ね返してくれる……さすが国軍、優秀だよなあと感心してしまう。
「こ、この……炎の魔道具を使え! 同時に撃てば全部は防げまい、後ろの女から片付けろ!」
ニクラウス兄のひっくり返った声に応じて、男たちが一斉に腰から木のスプーンみたいな形をしたモノを抜く。女魔法使いも二射目の攻撃魔法を詠唱して……
確かにバカ兄の指示は正しい。こんな接近戦で違う方向から一斉に魔法を放たれたら、どれかは当たってしまう。そして、さっき俺達を守ってくれた風属性の障壁は、火属性と相性が悪い。水障壁を常時展開できるリーゼ姉さんならともかく、後方で術に集中しているアヤカさんを狙われたら……
だが、兄たちにとっては残念なことながら、そこに気づくのがちょっと遅すぎたよね。姉さんの時間稼ぎの間に、アヤカさんの術は完成していた。
「アンネリーゼ様、ありがとうございます……ひれ伏しなさい!」
ちょっとだけ、頭が下に押された気がするけど、どうってことはない。うん、これはこないだ、ツェリさんの家族を助ける時にやった、アレだな。
視線を上げて周囲を見回せば、そこにはいつか見た光景が再現していた。魔法使いの女も、取り巻きの男たちも、車に轢かれてつぶれたカエルのように、床の絨毯に平らになってへばりついていた。もちろん、ウチのあきれた兄たちも、同様だ。立っているのは俺とアヤカさんだけ。国軍魔法使いのトップに君臨するリーゼ姉さんすら、床に膝と肘をついて、なんとか四つん這いで踏ん張っている状態だ。
「くっ、話には聞いていたけど……アヤカの『威圧』の力はさすがね、私も耐え切れないわ……これが、闇属性最強クラスの実力……」
少し悔しそうなリーゼ姉さん。それでもこうして会話ができるのは大したものなんだ、だって姉さんの部下たちはみんな、床にへばりついているのだから。
「国軍司令官にお褒めの言葉をいただき、ありがとうございます。もっとも、ルッツ様にはほとんど効いていないようですが……」
今日の主役として責任を果たしたアヤカさんがようやく、ほっとした表情を見せる。
「私もさすがに、立ち上がれないわ……アヤカ、申し訳ないのだけれど、拘束までお願いしても……」
「承知しました。ではルッツ様、お手伝いお願いいたしますね?」
「ハイ……」
ああ、男を縛り上げるとか、ぜんぜん楽しくないんだけどなあ。
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