第50話 誰の魔力なの?

「はっ!」


 気合の声とともに打ち出したグレーテルの拳で、鎧をまとっているはずだった騎士の胸がベコっと大きくへこむ。続いて繰り出したローキックが命中した別の騎士の脚は、あり得ない角度に曲がる。


「敵は素手ではないか! 何を手間取っている、さっさと討ち取れ!」


 オバちゃん伯爵ががなり立て、騎士が三人がかりで、グレーテルに挑みかかる。だけどあの伯爵はわかっちゃいない……グレーテルが一番得意なのは、光系統の強化魔法を目一杯使った、肉弾戦なのだと。


 一人目の騎士が振り下ろす剣を、真横から空手を叩きつけてへし折り、二人目の剣を軽快なステップで躱しつつ、腹に渾身の拳を見舞って吹っ飛ばす。接近戦に限れば、英雄と称される母さんでも全くかなわない……魔力こそ母さんのSSに対してSクラスと一歩を譲るものの、光と闇のSクラスが持つ戦闘能力は、他属性のSSに相当するとされているのだよなあ。


 そしてグレーテルは三人目の騎士を無視し、一気に伯爵に向かって突っ走る。


「小癪な! これを喰らえっ!」


 オバちゃん伯爵の叫びとともに、大人の頭ほどもある岩が七、八個、グレーテルに向かって殺到する。一個なら躱せもしようが、これほどの多数……俺もさすがに、拳を握りしめる。


「ふんっ!」


 その瞬間に何が起こったのかは、俺以外には理解できなかったろう。皆の目に映ったのは、砕かれた岩粉でもうもうと曇る大気の中、伯爵の首にそのしなやかで長い腕を巻き付け、絞め落とさんとしているグレーテルの姿だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 まあ、その後のあれこれは「以下省略」ってやつだ。


 野盗どもの村からはベルゲン伯との共謀を示す証拠が、まあ出るわ出るわ。そして首領を締め上げて、共謀の悪事がこれ一件ではなく、誘拐や密輸までありとあらゆる犯罪に関わっていたことを吐かせたってわけだ。


 甘いんじゃないかと言うくらい寛大な女王陛下も、さすがにこれには慈悲の与えようもなかったらしい。ベルゲン伯は爵位を剥奪、領地も没収。おかしな婿を迎えて以降邪険にされて遠ざけられ、結果として悪事のあれこれに関わっていなかった長男が、辛うじて準男爵の爵位を得て元の十分の一程度の領地で細々と家名をつないでいくことになった。


 色男の婿については犯罪に直接かかわった証拠が見つからなかったため罪に問われなかったが、ベルゲン伯からねだり取った金品をすべてはぎ取られた上で放逐された。どこかでまた若いツバメとして、生きていくのだろうか……まあ、興味ないわ。


「そういうわけで、やっと片付いた。グレーテルもアヤカも、ご苦労だった」


 ベアトが側室の二人を、手ずから紅茶を淹れつつねぎらう。王女が自分で茶を準備するなんて驚きだが、彼女はこういうことが好きなようだ。ちなみに母さんやリーゼ姉さんは、内密にだけれど女王陛下から直接ご褒美を賜ったらしい。


「ああ、ルッツも一応、頑張ったな」


 一応かよ、と思わないでもないが、俺は荒事に関してまったく役に立たなかったからなあ。むしろアヤカさんに守ってもらっていたというか、足を引っ張る側だったし。俺が口許を緩めると、ベアトがなぜか照れたような微笑みを浮かべる。最近こういう仕草が益々可愛く思えてきた……成り行きで婚約した間柄だけど、なんだか本気で好きになってきちゃったかもしれない。


 そんなことを考えていた俺は、鼻の下を伸ばしてしまっていたのだろう。気が付けばグレーテルが眉を吊り上げて、俺をにらんでいる。アヤカさんはいつもの優しそうな笑顔を顔に貼り付けているけど、何やら圧を感じる……下手に笑顔だから、余計に怖い。俺が固まっているのに気付いたベアトが、助け舟とばかりに話題を変える。


「そういえば、あの時のグレーテルは凄かった、やはり光のSクラスは、戦闘では無敵だな」


「そ、そんな……」


 ぽっと頬を染めるグレーテル。憧れのお姉様枠であるベアトに褒められて、さっきの不機嫌など吹っ飛んでしまったようだ……やっぱりこの幼馴染は、チョロい。


「まあグレーテルの戦闘能力は私も十分承知していたが、アヤカの闇魔法があれほど何発も撃てるとは思わなかった」


「私自身もあの時は驚きました。いつもの数倍魔法を使っても、魔力切れにならなかったので」


 アヤカさんが真顔で応える。急に魔力が増えたことについては、彼女も異常感を自覚しているのた。


「魔力は生まれながらにして決まる。いくらアヤカが魔法を鍛錬したとて、魔法制御力は上がれど魔力の総量は大きくならないというのが、常識なのだがな」


「ええ、私もそう教わりました。ですが私には、魔力が増えた原因に、心当たりがあります」


「何だと?」「アヤカさん、どういうこと?」


 アヤカさんが少し首を傾げながら発した言葉に、ベアトもグレーテルも驚きに目を剥いて食いつく。そうだろう、魔法使いとしての能力が人間としての価値を決めるこの世界では、使える魔力の量を増やす方法なんか編み出しちゃったら、それは最終兵器みたいな位置づけになるだろう。


「私が使った魔力は、この子の魔力です」


 そう言いながら、アヤカさんは優し気に、自分のお腹に左手を当てた。

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