第51話 やっぱり、神の種?

「どういうことだ? お腹にいる子の魔力を使った例など、聞いたことがない」


 ベアトも怪訝な表情だ。まあそうだろうな、妊婦が胎児の魔力を自由に引き出せるのなら、それに気付く者がこれまでの間に必ずいたはずだ。そんな事例があれば、王室に情報が上がっていないはずはない。


「ええ、私もそう認識しておりました。ですが間違いなく、先日の戦いで私が使った魔力は、この子から流れてきたものです。それはまるで最初から私が持っていた魔力のように身体に染み込んで……何の違和感もなく使えました」


「じゃあ、今までの常識と、何が違ったというの?」


「グレーテル様、私もそこが気になって、真剣に考えました。そして、わかったんです」


「教えてっ!」


 グレーテルが必死の形相で迫る。そうだ、彼女の操る光魔法は万能だが、魔力の消費が大きい。戦闘系の魔法使いにとって魔力切れイコール死だ、それを回避する方法があるなら、代償に何を差し出しても欲しいというだろう。


「ルッツ様の種だからです」


「ふぇっ?」「何だと?」


 間抜けな返答をする俺たちに構わず、アヤカさんは冷静に話を続ける。


「私は、ルッツ様の『洗礼』で子を授かった皆さんに、話を伺ってきました。そしたらわかったんです。ルッツ様の種を授かったその時から、皆さん魔法の調子が信じられないほど上がったと口を揃えて仰るのです」


「そ、そんなことが……」


「特にお仕事で魔法を毎日限界まで使う方は、早くに気付いておられました。農務省のヘルミーネさんは、妊娠以降一日に整備できる耕作地の面積が三倍になったそうです。神官のダニエラ様も、治癒の業を与える信者の数が二倍以上になったとか……ルッツ様の力としか、考えられません」


 ベアトたちが驚く様子を確認してふっと微笑んだアヤカさんは大きく息を吸って、さらに俺たちを驚かす発言をぶちかます。


「さらに、お二人のお話と私の実感をあわせ、極めつけの事実がわかりました。私たちが出産し、お腹に子供がいなくなっても、増えた魔力はほぼそのままなのです。つまりルッツ様の『神の種』で出来た子の魔力は、母親のそれと溶け合って……その能力を飛躍的に鍛えてくれるのです」


「じゃあ、その官僚さんと神官さんの能力は……」


「教会で測定して頂きました。ヘルミーネさんは元々Dクラス、ダニエラさんはCクラス……ですが現在持っている魔力は、お二人ともAクラス相当だそうです」


「アヤカ。ではお前自身は……」


「はい、Sクラスを超えるようです。ただ、今はお腹の子から魔力をもらっていますので、私自身の魔力がどの程度まで伸びているのかは、正確にわかりませんけれど」


 おい、マジか。やたら能力が高い子供が産まれるだけでもヤバいって言うのに、母親の能力まで鍛えられるなんてわかったら……また肉食系の女性に狙われちゃうじゃないか。実際たった今もグレーテルが、俺に獰猛な肉食動物の目を向けてきてる。


「ルッツ、子作りしよっ!」


「いや、それは俺が成人して、正式に結婚してからで……」


「待てないっ、すぐしよう。ねっ、ルッツ!」


「グレーテル。お前は貴族令嬢として、自分がどれだけ恥ずかしいことを言っているか、自覚があるのか?」


「あ……」


 ドン引きする俺にグイグイ迫ってくるグレーテルに冷や水を掛けてくれたのは、ベアトだった。自分が言ったことの意味に今さら気付いたグレーテルが、耳まで真紅に染める。


「い、いやあの、閨がどうこうという意味じゃなくて、王国を守るためにもっと強くなれるって思ったら、我を忘れちゃったというか……ごめんルッツ、はしたなかった」


 いつもに似ずもじもじしながら恥じらっているグレーテルがやたらと可愛く見える。答える代わりに彼女のひんやりした手を俺の両手で包み込むと、その表情が次第に落ち着いて……やがて、大輪の薔薇が花開いたような笑みが、そこに浮かぶ。ああ、なんか幸せだ。


「こほん」


 しまった、不覚にも二人の世界をつくってしまった。ベアトの咳払いに我に返り、ぱっと手を離す。


「仲良きことはすばらしきかな。だが正室の前で堂々といちゃつくのはいかがなものか」


「面目ありません」「ごめんベアト」


「許す。私もグレーテルも、ルッツが十五歳になるのを楽しみに待つとしよう。だが、これでルッツの種付け相手を選ぶのが、さらに難しくなった……」


 確かにそうなのだろう。この事実はもはや隠しようもない……野心を抱く者は競って俺の種を求めてくるのだろうが、その「種」にここまでのご利益があるということになれば、それを与える相手は、ベアトに忠誠を誓い絶対に裏切らない者に限定する必要がある。だが、自らの取り巻きにのみ種付けを許せば、反対派の敵意はさらに燃え上がるだろう。


「実に厄介な種馬だ、ルッツは」


 不本意なベアトの言いようだが、王室に迷惑をかけている自覚があるから仕方ない。


「ごめん」


「だけど、ルッツにぎゅっと抱き締められるのは、かなり好きだ」


 不意討ちで頬を染めながらそんなことを言われたら、惚れっぽい俺はあっさりと陥落してしまう。彼女のスレンダーな上半身をぎゅうっと引き寄せ、その体温を確かめる。ああ、俺の嫁……と言っていいのかどうかわからないが、俺のベアトは可愛い、とっても幸せだ。


 二時間後、目を吊り上げたグレーテルに訓練場に拉致され、雷撃と鉄拳で鍛錬という名の制裁を加えられたのは言うまでもないのだが。


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