第二部 強き女性たち
第52話 今日も種付け生活
アルトナー商会のスザンナさんへの種付けから始まった大騒ぎから、もう半年が経つ。
お取り潰しとなったベルゲン伯爵家の領地も、エリザーベト女王陛下が優秀な官僚を山ほど送り込んだこともあって、ようやく落ち着いてきたらしい。仮想敵国のリュブリアーナ帝国に隙を見せないために一番大事なところだったはずなので、とりあえずは良かったかな。
俺はいつものつまらない学校生活に戻っている。何しろ政治科の生徒は俺以外全員女の子だからな、中味定年ジジイの俺と話が合うはずもない……と思っていたのだが、なんと彼女たちの方からグイグイ話しかけてくるので、戸惑いしかない。もちろんその狙いは俺と仲良くなりたいからではなく「神の種」をゲットして来いと親や姉妹から厳命されているからだ。
彼女たちと一緒に遊んだりおしゃべりしたり出来れば、それはそれで楽しい学園生活なのだろうが、そうは問屋がおろさない。ベアトの密命を受けているらしい忠誠度ガチガチの令嬢たちが俺の周りをがっちり固め、肉食令嬢の接近を完全にシャットアウトしてしまうからだ。
「なあベアト、そこまでしなくても、いいんじゃないか?」
「危ないからダメ。ルッツは本気で迫られたら、必ずほだされる。放っておくと側室百人の未来図が見える」
ベアトに軽く抗議してみたのだが、あっさり一蹴されてしまった。つくづく俺って信用ないよなあ……だけど確かに、女の子から積極的に迫られたら流されてしまいそうだってことは、まったく否定できない。そういう意味でベアトは俺のことを、よくわかっているんだろう。
「だが、男は定期的にしないと辛いという。闇の一族へ種付けすることだけは許すから、それで我慢して」
ベアトの言っていることは、まあアレだ。
ベアトとグレーテルはまだ結婚前だから貴族の品位的に子供が産まれたらマズいし、アヤカさんはお腹が目立つようになってきたからもちろんそういうのは辞退だ。そして半年前に猿のような俺をしっかりと受け止めてくれていたスザンナさんも、いまや毎日お腹を愛しそうにさすっている。そんなわけで、ベアトが呆れ気味に「猿並み」と評する俺のお相手は、現在のところいなくなってしまったのだ。
というわけで、俺はここのところ、闇の一族から選ばれた四人のお姉さんやお嬢さんの元へ、毎晩代わる代わるせっせと通っている。もちろんベアトは、猿並みの俺を満足させる目的で彼女たちとの子作りを許しているわけではない。権力者にとって実に役立つ闇の一族に、固く忠誠を誓わせるためだ。
アルトナー商会の一件で調査に護衛に、さらに戦闘にと大活躍した闇の一族に対し、ベアトは多額の金品を褒美として与えようと申し出た。だが族長に対応を一任されたアヤカさんは、思わぬ答えを返してきた。
「ベアトリクス殿下のご厚情、誠に有難き幸せに存じます。しかしながら、褒美の金品は求めません……もっと、頂きたいものがありますので」
「それは何だ? だいたい想像がつくが」
「我が一族の女たちに、ルッツ様の『神の種』を授けて頂きたく、お許しを」
「……やはり、それか」
結局、俺の種付け権を持つベアトは、それを許した。もはや最終兵器扱いの「神の種」を与えることで、権力者にとっては実に使い勝手の良い存在である一族の忠誠を、確実なものとしようと考えたのだ。そしてきっと十数年後ベアトが女王になる頃には、強力な魔法使いを俺の種で増やした闇の一族はさらに強くなり、彼女の頼れる片腕になってくれるはずだと。
もちろん、種付けのお相手は厳選された。力を得てもおかしな野心を抱かず、間違っても次期族長であるアヤカさんに逆らわない忠誠度百パーセントの女性を、アヤカさん自身が厳選したのが、俺がせっせと通っている四人なのだ。もちろん俺自身には選択権も拒否権もないわけなのだが、十五歳から三十歳までバラエティ豊かな四人の女性は、不思議とみんなストライクゾーンにずばりで、不覚にも俺は夢中になってしまった。
「きっと彼女たちなら、ルッツ様に満足いただけると思っていました」
例によって日付が変わるほど熱い夜を過ごした翌朝、鼻の下を伸ばしつつ家に帰る俺の顔を見て、アヤカさんがいつもの優しげな微笑みを浮かべつつ、そんな不気味なことを言うんだ。アヤカさんは一族のために役立つというだけでなく、俺の好みも含めてお相手を選び抜いたらしい。昔の日本では、側室を選ぶのも正室の義務と権利だったというから、そういう感覚なのだろうか。まあ俺も、義務的にするより、楽しく出来た方がいいからな、ありがたく心づかいはいただくことにする。
だが正直なところ、アヤカさんが優しい笑顔の下にどういう感情を隠しているのか、よくわからない。元世界でも嫁から「あなたは鈍感」って言われ続けてきた俺には、それを読み取るのは無理だ。グレーテルみたいにわかりやすければいいのに……と思ったりもするが、あれはあれで、物理的に怖いしなあ。
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