第53話 種馬ランキング

「さあ、お楽しみの時間ね!」


 珍しく早く帰宅した母さんが、なんだか鼻息を荒くして、無駄に豪華な装飾が表紙に施された本を、テーブルの上にどんと置く。


『王国スタッドブック 王国暦八百三十五年度 改訂版  魔法血統協会 編著』


 ああ、この百万円本か。まるでダ◯スタの、種馬選定マニュアルだな……そう他人事のように言えたのは昨年まで。洗礼の結果が出てしまった今年は、俺自身の個人情報が、だらだらここに晒される羽目になっているはずなのだ。


「ルッツ、何を冴えない顔してるの! 自分の評価、見てみたいでしょ?」


 いや、この微妙な転生チート能力に関しては、あんまり素直に喜べないんだよな。俺が何かを努力して勝ち取ったわけでもないし、そもそもこの能力って、俺自身に関しては一ミリすら強くしてくれないんだからなあ。


 俺の憂鬱なんか知らぬげに、母さんはウキウキとページを開き……その顔を輝かせた。


「ほらっ! やっぱり筆頭種馬よ! すごいじゃない!」


 弾むアルトで開いた頁をぐいぐい押し付けてくる母さんに根負けし、自分の「種馬」評価を眺める。なんだか、気恥ずかしいのだが。


【氏名】ルートヴィヒ・フォン・フロイデンシュタット

【年齢】十四歳(王国暦八百二十一年生)

【髪色】銀 【目の色】碧

【評価】SS

【種付料】算定不能(王室許諾が必要であるため)

【血統】エグモント系 

 父 アルブレヒト・フォン・フロイデンシュタット

 父の父 エルヴィン・フォン・アイスフェルト 

 母の父 エーリッヒ・フォン・ヘルブルグ

【適性】火S 水S 木S 金S 土S 風S 光S 闇S(暫定値)

【魔力】S 【魔法制御力】? 【体質】? 【安定性】SS

【女子出生率】 百%(八/八)

【主な子】 成人済の子供なし

【短評】王国種馬界に彗星の如く現れた天才。洗礼で得た子は全てAクラス、しかも母と同属性の女子という抜群の安定性を示し、教会から「神の種」の称号を得ている。成人を前に種付け希望が殺到するも、すでに第二王女と婚約を結び、王室の勅許を受けないと種付けが叶わない超品薄状況。高位貴族の間では「金貨五千枚でも安い」とささやかれる。代わりの選択肢としては全兄のジークフリートが挙げられ、そちらも人気急上昇中。


 なんだこりゃ。ありとあらゆる評価がカンストしてないか? これが自分の評価だって実感が、さっぱり湧かない。


「すごいなルッツ! オールS以上なんて、王国の歴史上初めてじゃないか?」


「そうよね! これで、ジークの将来もバッチリね!」


 いつも落ち着いて余裕をかましているジーク兄さんも、興奮気味だ。だけど母さんのコメントが意味不明だ。なんで俺の種馬成績が、兄さんの幸せにつながるんだ?


「ああ、ルッツはこういうことに興味がなかったよな。だけど考えてごらん、ルッツは不世出の種馬だけど、種付けは王室の認めた限られたものにしかできない。それなら、どうしても優秀な子が欲しい貴族は考えるだろう……ルッツと血統がそっくり同じ男が、そこにいるじゃないか、つまり僕だよね!」


 とってもいい笑顔で語られてしまった。確かに、元世界の競馬でも、G1馬と父母ともに同じ「全弟」は、注目の的になってオークションでも高値がついていたっけなあ。そしてよく見れば、俺のスタッドブックコメントの最後に「代わりの選択肢として」ジーク兄さんがお薦めされていた。


 だけど、兄さんは俺の「代用」でいいのかなあ。誇りが傷ついたりしないのだろうか。


「ああ、ルッツが何を考えているか、よくわかるよ。だけどこれって、すごくラッキーなことじゃないか。僕の成績が特に良くなくたって、ルッツのおかげで勝手に評価が上がるんだよ」


 まあ、そうも言えるか。だけどサラッとそう言えるのは、ジーク兄さんが人格者だからだと思うなあ。マテウス兄やニクラウス兄だったら、絶対に悪態をつくだろう。


「そうね、ジークの評価も気になるわっ!」


 まだ興奮している母さんがペラペラとスタッドブックをめくると、驚くほど早く兄さんのページが出てきた。それは、兄さんの格付けがぐぐっと上がったということ。


「うわあ、格付けがAクラスになっているわ! それに、種付け料もすごい!」


「三百金貨とは、びっくりだね。ここまで上がるとは思わなかったよ」


 たしかにすごい。三百金貨といったら、下級役人の年収に等しい……これを一晩で稼ぐんだなあ。まあ実際の種付けをこの値段で申し込んで来るかどうかはケースバイケースだけど、「スタッドブック」の権威は高い……概ねここに記されたレベルの金額が、実勢価格になっていくのだという。


 それだけではなかった。俺の格付けがやたらと高くなったことで、当然だけど俺を生み出した「種馬」である父さんの格付けも上がるわけで……ここ二十年くらい種付け活動など母さん以外とはしていなかったはずなのに、勝手にAクラスになっていた。


「すごいわアルブレヒト。やっぱり私の男を選ぶ目は、正しかったってことよね! でもAクラスともなれば、若い令嬢からのお申し込みもいっぱい来そうね……」


「何を言っているんだヒルダ。私は君以外と、そういうことをする気はないよ……誰より君を、愛しているからね」


「アルブレヒト……」


 おい、父さん母さん、仲が良いのはいいけど、思春期の息子の前でメロドラマを演じるのはやめて欲しいぞ。

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