第49話 最後の反抗
「何をっ! 誇り高きベルゲン家の騎士を舐めるなっ!」
三十絡みの女性騎士が、周囲が止めているのに、余計な反論をしてしまう。俺も呆れた……野盗と組んでいる状況で家名を名乗ったら、それは伯爵家全体で悪事を働いてると、自ら認めるようなもんだろう。
「ほう、ベルゲン家と申しましたか。ベルゲン家の者ならば当然、私の顔も知っておりましょうね」
「何だと、小娘が偉そ……あっ、まさか……べ、ベアトリクス殿下!」
「いかにも、ベアトリクスです。伯爵家の礼節とは、王女に対し剣を向けることなのですか」
「い、いえっ、とんでもございませぬ!」
その女性騎士がひざまずくと、周囲の者も一斉にそれに倣う。
「さて、聞きたいことがおります。あなたたちは、なぜ野盗と行動をともにしているのですか?」
ベアトが視線を向けた先で、首領のオバちゃんが震えている。オバちゃん自身がよくわかっているはずだ、自分が今生き残っているのは運が良かったわけでもなければ勇戦したからでもない、貴族の悪行を弾劾するための証拠として、意図的に残されただけなのだと。
「それは……」
「誇り高き北方の守り手とされたベルゲン家が、賊と組んで何をなそうとしていたのですか!」
騎士たちが押し黙る。彼らとて喜んで悪事に手を染めたわけではないのだ。数代に渡って仕えた主家に、逆らえなかっただけのことなのだ。
「言えませぬか、では、その豪華な馬車の主に尋ねるしかありませんね」
「それだけは、ご容赦を……」
「なりませぬ、これはもはや、ベルゲン伯爵家の存亡に関わる案件になっているのですよ」
ベアトの追及に、騎士たちは頭を垂れるしかできない。沈黙がいつまでも続くかと思ったその時、装飾過剰の馬車から、小太りの女が出てきた。年の頃は母さんと同じくらいかなと見えるけど、何だか雰囲気がだらしない感じで、とても北の境を預かる武人とは思えない風采だ。
「お前たち、どうしたの! 早く進みなさい!」
「いえ、あの……王女殿下が」
「何だと……むっ、貴女は……」
「さすがに、私の顔を忘れてはいないようで重畳です。ベルゲン伯爵、あなたはなぜ、野盗どもと共にあるのですか、答えなさい」
ベルゲン伯の顔から血が引き、一気に青白く染まる。まあ、この事態は予想していなかったのだろうな、軍にも情報網を張り巡らして、大きな摘発の動きがあればすぐわかるはずだったわけだし。
「答えられませんか。では私から言いましょう。貴女は若い婿の歓心を買うため、身の丈に合わぬ贅沢を行い、本来裕福であるはずの所領財政を破綻させましたね。それでも婿殿の浪費は止まず、それを賄うためにアルトナー商会の後継問題に介入し、王国三指に入る大商家の財を掠め取ろうと企んだ……そしてこの野盗団を使って商会の跡継ぎを殺害しました。すでに野盗の村は押さえ、証拠は山ほど……大人しく罪を告白し、ベルゼンブリュック貴族にふさわしい形で、償いなさい。素直に認めるなら、名誉ある自裁を許しましょう」
色に狂った貴族に諄々と罪を説き、裁きを宣告するベアトの目は、冷徹かつ威厳にあふれる、間違いなく支配者のそれだ。細く頼りない彼女の身体が、今は巨人のように見えてしまう。やっぱり、国を率いるために生まれてきたヤツなんだよな。
だが、己の死と、おそらく家名断絶を示唆されたベルゲン伯の方は、往生際が悪いようだった。しばらく青い顔のまま目尻や唇をピクピクと痙攣させていたけれど、突然その目をかっと大きく剥いたかと思うと、信じられない暴言を吐き出した。
「小娘! 数代にも渡り帝国の脅威から我が国を守護してきたベルゲン家の功績を忘れたか! かくなる上は我ら王国から離脱し、帝国に身を投ずるまでだ! 土産はお前の首としようぞ! 者共、あやつを討ち取れ!」
ベルゲン家の騎士は暫時逡巡したものの、長たる女性騎士が剣を抜くと、みな一斉に立ち上がってこっちに剣を向けてくる。伯爵本人は土魔法の達人であるらしく、すでに頭上で大きな岩塊を四つか五つぐるぐる回し、今にもこっちに向けて飛ばそうとしている。
「非常時です、全滅させますが、よろしいでしょうか」
母さんが、ベアトに許可を求める。すでに「炎の女神」が時間切れになってしまった母さんに、俺たちを守るための手段は焼き尽くし系の魔法しかない。アヤカさんは、静かに俺の前に立ちはだかって……彼女にとってはどこまでも、俺を守ることが第一義なのだ。
「やむを得ないで……」
そうベアトが言葉を絞り出したとき、俺たちの脇を、光の塊がすり抜けて行った。
「なっ……」
その光塊は先頭にいた騎士を鎧袖一触の勢いで吹き飛ばすと、そこで少女の姿を取った。結い上げたストロベリーブロンドが少しほつれ、汗に濡れたうなじに貼り付いた姿は、普段俺が見ている彼女と違って、なんとも色っぽい。
「グレーテルっ!」
「思ったより手間取ったわ! 私が来たからには、もう勝手なことはさせないわよ!」
そこには、中剣すら捨ててその拳に黄金のオーラをまとわせた、頼れる幼馴染の姿があった。
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