第48話 忍者ですか?

 ゲッツと呼ばれた男が仲間の声に不審を感じた時には、すでに首の後ろ、頸椎のあたりに十字手裏剣が深々と食い込んでいた。即死するような傷ではないが、神経中枢を断ち切られた彼の四肢は意志の力では動かせず、まるで糸の切れた操り人形のように、地に倒れるしかない。


「畜生、どういう仕掛けだ?」


 野盗どもは逆上しているけど、俺は見ていたからわかる。あの男が跳ね上げた手裏剣は、そのまま落ちることなく大きく旋回して彼の背後に回り、そこで速度を上げて再度殺到したんだ。手裏剣の投擲はアヤカさん素の能力で、闇一族ならば普通にできるものだけれど、自動追尾は闇属性の魔法によるもので、Aランクのアヤカさんくらいしかできない技。まあ俺も、事前に聞いてなかったらわかんなかったな。


 だけど自動追尾は、ことのほか魔力食いの術なのだという。聞いていた話だと五発も打てば魔力品切れになってしまうそうで……ここ一番に使う逆転技だとか。おい、じゃあそのとっておきを早速使ってしまったということは、これからどうすればいいんだ?


「力の限り、打ち続けます」


 どこまでも真面目なアヤカさんの返答だ。そしてそう言った先から次々と近接攻撃を得意とするらしい賊が襲ってきて……アヤカさんも立て続けに手裏剣をあらぬ方向に投擲し、それは襲撃者の予想しない方向から、着実に致命傷を与えていった。一人、二人……七人、八人……あれ?


「アヤカさん……魔力は大丈夫なの?」


「そうですね?」


 彼女も、寄せていた眉を緩めて、とぼけた返答をする。しかも疑問符がついているところが、可愛いけどわけわかんないぞ。


「いつもは五回が精一杯なのですが、なぜか今回は何ともないのです……手裏剣は一杯持ってきていますので、どんどん行ってみましょうか?」


 あれ、なんかアヤカさんが慎重な「おしとやかさん」から、「おとぼけさん」にキャラ変している気がする。まあ、こっちの方が気を使わなくて済んで、楽かもしれない。


 そしてキャラ変アヤカさんは、なんだかわからないけど強かった。結局それから九回手裏剣を投げ、都合十七人を倒したところで、まだ魔力を残していたのだ。


「アヤカ、お前本当にSクラスではないのか?」


「洗礼の結果は、間違いなくAクラスでしたが……」


 ベアトが真顔で首を傾げ、アヤカさんが十八枚目の手裏剣を投じつつ真面目に応じる。


 そして、ようやく待ちかねていた声が響いた。


「お待たせ! アヤカちゃん、引いて!」


「はいっ、ヒルデガルド様!」


「こいつら、よくもここまでやってくれたわね! いでよ、『炎の巨人』! 我に従えっ!」


 母さんがやや厨二病的な技名を唱えた時、それは起こった。


 母さんの横でぶわりと炎が立ち昇り、瞬く間にその火勢は増して、真っ赤に燃え上がる。人間の背丈三倍分くらいまで高さを増した炎は徐々にその色を濃くし、何やら人形のようなものを形作り始める。俺たちも、敵なる野盗たちも含めてみなあんぐりと口を開いているうちに、それは一体の巨大な、しかしなんとも美しい、火の女神像となった。長い髪をなびかせ、そのしなやかな手に一張の弓をたばさむ姿は、思わず惹き込まれてしまいそうだ。


「ブリギッド! あいつらを倒しなさい!」


 決然としたアルトで母さんが命ずると、ブリギッドと呼ばれた女神が、炎の弓に同じく炎の矢をつがえ、巨大な体躯からは想像つかないほど俊敏な動きで放つ。一筋の紅い航跡が走り、その進路上にいた三人の賊が、瞬時に全身燃え上がる。


 女神はその超然とした雰囲気のまま立て続けに矢を放ち、そのたびに野盗の群れはその数を減らしてゆく。ただよく見れば紅い死の航跡は、巧みに賊の首領、そして貴族やその護衛騎士といった「偉いやつ」を避けているのだ。なるほど、悪事を暴かないといけないやつらは、尋問するために残そうってわけか。


「そういうこと。首魁を残さないといけないから、馬鹿みたいに準備時間のかかるこの魔法しかなかったってわけ。母さんの魔法はこれ以外『焼き尽くす』系のやつしかないからね!」


 そういや、そんなこと言ってたなあ。母さんの魔力は王国唯一のSSクラス、他の追随を許さない。けれど母さんは魔力はダントツだけど魔法制御がかなり苦手で、早い話、めちゃ撃ちしかできないんだと、ジーク兄さんから聞いた。二十数年前にその魔法で万を超える敵を葬り去って「英雄」と讃えられるに至ったのは、その時母さんの目の前にひたすら敵しかいない状況で、狙いをつける必要もなくただ全力で炎の魔法をぶっ放せばいいだけだったからなのだと。


 だから今日みたいに「敵を残さないといけない」ケースでは、狙い撃ちのできない母さんは途端に魔法を撃てなくなるわけで……王国最強の魔法使いに、とんでもない弱点があったわけだよな。それを解決する唯一の方法が、こうやって炎の女神を召喚し、彼女に狙いをつけてもらうことってわけなのだ。


「さあ、下っ端は片付いたわよ? 降伏する? それとも……まだやる?」


 母さんの口元に、獲物をいたぶる猛獣のような笑みが浮かんだ。なんかグレーテルに似てるんじゃ……とか思っちゃったのは、内緒だ。


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