第47話 挟撃

 嘘じゃなかった。俺たちの背後……村に続く街道の王都方面から、野盗らしき奴らが五十人ほど、加えて装備の整った正規兵っぽい奴らが二十名ほどこっちへ向かってきている。奴らにも賊たちの喚き声や剣戟の音が伝わったのだろう、にわかに隊列を整え、戦闘態勢に入ったのが、俺にもわかる。


 よく見れば、後方には随分造りの凝った馬車がいる。あんなのを平民が使うわけもない。悪いことに、野盗と癒着する貴族ご自身がお出ましになるタイミングに、ばっちり遭遇してしまったらしい。


「貴族は殺さず捕らえねばならないのでしょう。その上に挟撃されたらさすがに負けるわ。ベアトリクス殿下、足止めをお願いできますか。私が魔法を練り上げるまで、時間を稼いで下さい!」


「努力する」


 短く答えたベアトが口の中で短く何かを詠唱すると、先頭を切って突っ込んで来ようとした賊の馬が、何かに足を取られたようにつまづいて倒れた。そして二騎、三騎と後に続くように転倒していく様子を見て、敵は全員馬を諦め、歩兵となってこちらに向かってくる。


「これしか稼げなかったか、残念」


 ようやく俺にも、ベアトがやったことが理解できた。街道とその周りの雑草を急速に成長させ、馬の脚を引っ掛けるべくそれをあちこちでループ状に結んだのだ。余計な足元を見ないよう訓練されている馬は容易にこの草罠にひっかかるが、人間はそうはいかない。


「ならば……これならっ!」


 さっきより少しだけ長い呪文が、もごもごとベアトの口の中で詠唱されると、街道脇に疎らに立った樹木が、街道に向かってその枝を伸ばし始めた。それも、あっちこっち同時に……見る間に、野盗の行く手がふさがれていく。


 これは、結構シュールな光景だ。草を成長させるくらいなら「すごいな~」で済ませる俺だが、立派な成木がにょきにょきとその枝をあらぬ方向に伸ばしていく姿には、化け物めいた恐怖を感じて、思わず一歩引いてしまう。


「な、何だこれは! 枝を叩き切れっ!」


 野盗の首領らしきオバちゃんの指示で、斧を持った男たちが一斉に木に向かっていく。屈強な筋肉が躍り、刃が枝に食い込むけれど、ベアトの魔力がこもった枝はその見た目と違って強靭で、傷はつけどもなかなか断ち切るには至らない。


「すごいなベアト、これならしばらく粘れそう……」


「ルッツは甘い。野盗には、火魔法使いが多いものだ」


 ぶっきらぼうなベアトの指摘は、まさに正しかった。オバちゃんの金切り声が響いて男たちが引いていったかと思うと、火球が一個二個と山なりに飛んできて、街道をふさぎ切っていた枝に燃え移る。ベアトがさらに詠唱を重ね、枝に魔力を込めて耐えようとするけれど、火属性は木属性の天敵、決定的に相性が悪い。枝はやがて轟々と燃え上がり、高く炎を挙げたその後には、黒い燃えカスが残るだけ。もはや奴らを俺たちの間をさえぎるものは、何もない。


「我々の根拠地を汚した、あ奴らを捕らえろ!」


 オバちゃんの命令一下、賊どもが迫ってくる。徐々に顔が見える距離になると、奴らの下卑た会話も聞こえてくる。


「おっ、あいつらの身なり見たか、貴族だぜ!」

「捕らえたら、俺たちの好きにしていいんだよな?」

「あの金髪娘を頂きてえ……」

「あたしゃ、あの優男少年が欲しいね、奴隷にして可愛がりたいよ」


 俺までそういうお楽しみに組み入れられているのは不本意だが、ここは肉壁になっても次期女王たるベアトを、そして俺の子を身籠っているアヤカさんを守らねばならない。前の敵はもうすぐ片付くはず、時間さえ稼げばグレーテルと姉さんが戻ってきて、形勢は逆転するだろう……そう思いつめて、俺が一歩を踏み出そうとした時。


「お待ちください」


 肩に手を置かれ、意外に強い力で引き戻される。その手は、アヤカさんのものだった。


「闇一族の力、今こそお見せしましょう」


 その声とともに振られたしなやかな上腕から影のようなものが飛び、さっきベアトに卑猥な視線を注いでいた男の喉元に、深々と突き刺さる。それは元世界の忍者ドラマで見慣れた、十字手裏剣だ……アヤカさんたち闇の一族の文化って、どこまで日本そのものなんだよ。


「ちっ、暗器を使う! 注意しろ!」


 賊たちがさっと距離を取る。とはいえ奴らの表情は切迫したものではない。投擲者から真っすぐ飛んでくる暗器は、タイミングさえ見切れば躱すことも、打ち落とすことも難しいものではないのだ。野盗メンバーは元冒険者や軍人崩れといった戦闘スキルに長けたものが多く、手裏剣打ち程度はさほどの脅威ではないのであろう。


「けけっ、打ってみろよお嬢さん……外したらあんたの身体を頂くとするか」


 露骨な欲望に満ちた言葉に、アヤカさんの細い眉が嫌悪に歪んだ。長めボブに切り揃えた濡羽色の髪をさらりとなびかせ、最小のモーションで第二投を打ち出す。挑発した男は十分な余裕をもった剣の一颯で手裏剣をはるか虚空に弾き飛ばし、無防備になったアヤカさんに一撃を加えるべく身を低く構えた。


「ゲッツ! 後ろを見ろ!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る