第46話 輝くグレーテル

 ヒルダ母さんがその唇をきゅっと引き結んだ瞬間、所在なげに歩いていた村人……の姿をした盗賊が三人、一気に燃え上がる。人間って燃えるんだなと妙な感心をしてしまうけれど、何しろ二十幾年前の大戦では万を数える帝国兵を葬った母さんだ。このくらいは朝飯前なのだろう。


「村に入ったら私の魔法は使いにくいわ、あとは任せたわよ」


 そう、母さんの魔法は無慈悲に対象物を焼き尽くす無比の威力を持ってはいるけれど、住宅地で使ったら家まで燃やしてしまう。捕まれば全員死刑確定である野盗の村なのだから慈悲を掛ける必要もないのだが、貴族……ベルゲン伯とのつながりを示す証拠を、できるだけたくさん手に入れたい今回は、簡単に家屋を焼くわけにはいかないのだ。


「任されましたわ。ヒルダ様の『再来』にふさわしい働きを、お見せ致しますっ!」


 ストロベリーブロンドをきちんとアップに結い上げたグレーテルが、ようやく出番とばかりに駆け出す。ダンスパーティーにでも行くような格好だなと俺がからかったら、下ろしっぱなしとかだと、万一掴まれたときに不利になるからだとか。グレーテルの能力ならその万一もないと思うけど、ちゃんと一戦一戦最善を尽くす姿は、いつもの高慢ちきな姿と違って、なんか惹かれる。


 異常に気付いて出て来た野盗たちは、合わせて五十人くらいか。この野盗村のメンバーは百を優に超えるはずだが、今朝六十人ほどの集団がどこかへ出張したことを、監視させていた闇の一族から報告を受けているから、これは予想通りだ。ちょっと空き巣狙いみたいだけど、こっちは数人なんだ、いくらSクラス以上が四人いると言っても、三桁人数の敵を相手取るのは、無謀ってもんだ。


 手に手に得意の武器を持った賊が我先にと、おめき掛かって来る。けれどグレーテルにとってそんなものは何の脅威にもならない。先頭の大男が振り下ろす大斧をサイドステップで躱し、そのわき腹を鋭く切り裂く。


 続く女は大剣に魔法の火をまとわせて襲ってくるが、武器を合わせた途端それは砕け散り、呆然とする女の首筋を、グレーテルの中剣が容赦なく断ち切った。土魔法で生み出された壁が行く手を阻もうとするが、光属性の強化を乗せた前蹴り一発で粉々となり、彼女の突進を妨げることはできないでいる。


「だけどっ、これは厄介ねっ!」


 少し余裕無げに火球を剣で両断するグレーテル。離れた二つの位置から飛来する火球を防ぐことに集中力を乱され、接近戦での絶対優位が崩れ始めている。相手は数的に絶対有利な立場にいる、まだグレーテルが怪我をするには至っていないが、このままではマズい。


「大丈夫、私に任せて」


 その時、リーゼ姉さんが落ち着いたアルトを発し、グレーテルを指さす。今まで姉さんのまわりをふよふよ漂っていた水球がグレーテルの頭上に素早く動くと、さあっと薄い球状に展開し、彼女の身体をゆったりと囲む。火球は絶え間なく飛んでくるものの、水球が変じた薄い膜に触れるとじゅわっというような音を立てて弾かれ、消える。


「いいわね! リーゼ姉様ありがとうございます! これならどんどんいけるっ!」


 グレーテルが進むごとに、彼女を守る水の球も連れて動く。火球を連発し続けていた火魔法使いは、撃った魔法が頼りなげな水の膜に皆吸収されてしまうことに焦り、自分の身を隠すことを思わず忘れた……ベアトの騎士が剣を振り下ろし、自らが断末魔の声を上げるまで。


 そっから先のグレーテルは、まさに鬼神みたいだった。もともと俺に対しては鬼だったけど……てかそういう話じゃなく、もう何人たりとも逆らうことのできない絶対的で理不尽な強さって言うか、そんな感じなんだ。姉さんの水魔法を全面的に信じて防御への意識を全部攻撃に振り向けた彼女は、歩く最終兵器だった。縦横無尽に駆けまわり、向かってくる奴をみんな一撃で地に這わせるその無慈悲なパワーには、その背中を守ろうとする騎士たちすら追いつけないんだ。いやはや、「英雄の再来」って言われてるのは伊達じゃなかったんだって、俺も初めて認識した。


 そして……やっぱりグレーテルは綺麗だ。剣技を振るう彼女の姿は、結い上げたストロベリーブロンドの印象も加わって、まるで全力でダンスを踊っているかのようで。芸術的に滑らかならせんを描く剣筋と、放射されるプラチナ色のオーラ、そして飛び散る汗のしずく。その活き活きとした美しさに、惹かれない男がいるだろうか……いないはずだ。


「ほう。惚れてしまったようだな、やはり男は『戦う女』に情を催す」

「これもマルグレーテ様の手管でしょうか……末恐ろしいお方です」


 恐らく俺はデレンと鼻の下を伸ばしていたのだろう。気が付くとベアトはジト目で、アヤカさんは含みのある笑顔で、俺の様子をじっくり観察している。やばいやばい、そりゃあんなに凛々しく清冽な美しさを見せつけられれば惹かれてしまうけれど……


「俺はベアトもアヤカさんも……大好きですよ」


 真顔で正直な気持ちを言ってみる。誰が一番とかそんなんじゃないけど、俺にとっては三人とも、大事な婚約者だ。元世界なら節操ないって言われそうだけど、俺もこの世界に染まってきちゃったからなあ。


「……ルッツ」「ルッツ様……」


 見つめる二人の顔が、紅く染まっていく。うん、少なくとも、間違わなかったようだ。


 ほっとする俺の耳に、母さんの切迫した声が飛び込んだ。


「背後に敵よ! 数およそ七十!」


 えっ、嘘だろ!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る