第45話 野盗団

 その翌日、俺は学校をサボり、いやサボらされて、王都郊外にいた。捕らえた男が属する野盗団の本拠地を襲い、これを壊滅させるとともに悪徳貴族との関わりを立証する証拠を押さえるためだ。


 俺たちの前には、ちょっと見たらごくごく普通の村がある。母さんと姉さんが待機している目の前で剣を構えていたグレーテルが、不思議そうに首を傾げる。


「ねえ、どう見ても平和なものじゃない? こんな村に、野盗団が隠れてるっていうの?」


「はい、マルグレーテ様。ここが野盗の本拠地に間違いありません……どうでしょう、この村をご覧になって、なにかお気付きになるところ、ございませんか?」


「そんなこと言ったって……全然わからないわよ! そういうのは私の領分じゃないんだから!」


 ストロベリーブロンドを掻きむしるグレーテルに優しげな笑みを向けているのは、同じ「側室」同士なのに貴族である彼女に対し深い敬意をはらう態度を崩さない、しとやかなアヤカさんだ。子供がデキたことがわかったのだから危険なことをするのはやめてほしいのだが、いつもは素直に俺の言うことに従ってくれる彼女が、今回は珍しく頑固に同行すると言い張ったのだ。


 彼女の謎掛けのような言葉に俺も改めてじっくり村を眺めてみると、なんだか小さな違和感を覚える。


「この村、子供がまったくいないな」


 そう、百人以上の人口規模を持つ大きな村に見えるのに、道端にも畑にも、子供が遊ぶ姿が見られないのだ。これはちょっと、ありえないだろ。そう気付いてみると、村の大きさに対して、農地の面積が少なすぎて……あれで村人は養えまいし、農作業をしているらしい者もいない。そうなると、道のあたりでウロウロしている村人らしき奴らは……


「ルッツは鈍感男だが、察しはいい。アレは全部野盗の一味」


 褒めているのかけなしているのかわからないコメントを陶器人形のような冷たい表情で吐き出しているのは、何とベアトだ。たかが盗賊の討伐になぜ次期女王が出張ってくるのかまったく意味不明だが、それにはちゃんと深刻な理由があるらしい。


「討伐の人手が足らぬ」


「軍を動員すれば良かったじゃないか」


「誰がベルゲン伯に通じているやもわからぬから、軍の連中は使えぬ」


 辺境の有力者である伯爵は軍に知己が多く、大っぴらに兵士を出動させたら、必ず情報が伝わり、彼女が野盗と連携している証拠を、隠滅されてしまうというのだ。だからメンバーは信用できてかつ戦力になる者を最小限……母さんとグレーテル、わけわからないまま無理やり休暇を取らされ連れて来られたリーゼ姉さん、ベアト付きの女性護衛騎士が二人、そしてベアトとアヤカさん。俺はなぜかついてこさせられたけど、残念ながら完全に戦力外だと思う……いざとなったらベアトの肉壁くらいにはなれるかどうかってとこだな。


「伯が主導したという証拠を絶対に取る。そして必ず、かの家を取り潰す」


 秀麗な翡翠色の瞳に、冷たい炎が燃えている。年の離れた姉でもあるかのように慕っていたスザンナさんのささやかな幸せを、下らない私欲でなんの権利もないのに奪ったベルゲン伯爵への怒りは、俺の想像より遥かに大きいようだ。同じ怒りでも、グレーテルのひと目見たらわかるそれより、三倍くらい怖い気がする。ベアトの地雷を踏むのは、絶対避けようと心に誓う俺だ。


「ルッツ様、心配ご無用です。殿下とルッツ様の御身は、私が必ずお守りいたします、生命にかけても」


「命をかけちゃダメだよ。アヤカさんのお腹には新しい生命が宿っているんだ、その子を守ることを第一にして欲しい」


 いつも通り俺に関してはやけに真面目過ぎるアヤカさんに、釘をさしておく。だって目が完全にマジなんだよ、本当に俺が危なくなったら、迷わず自身を犠牲にしかねない勢いなんだから。


「うん、だめ。アヤカの子は、ルッツの分身。私だって戦闘向きでないとはいえSクラス魔力持ち。自分とルッツの身くらい守ってみせる」


「は、はい、ありがたきお言葉……」


 俺に加勢してなだめてくれたベアトに、なにやら頬を紅潮させながら感動の涙目を向けているアヤカさんだ。やはり長く厳しい流浪の果てにまさに滅びようとした闇の一族に、彼らが夢見た安住の地を与えてくれたベルゼンブリュック王室への感謝と忠誠は、カチカチに堅固なものであるらしい。


「まあよい。ここに巣食う賊どもには、アヤカが生命をかけるほどの価値も、強さもない。さっさと制圧する、頼むぞ『英雄』と『再来』、そしてアンネリーゼ」


「はっ、お任せを!」「ベアト姉様、『ご褒美』忘れないで下さいね!」


 ベアトの命令に、母さんとグレーテルが瞳を輝かせて応える。「ご褒美」ってのがいったい何なのか気にならなくもないが、まあいいだろ。


 そして姉さんは黙ったまま水球をいくつも生み出して、自分の周りでふわふわ漂わせ始めた。何だか俺に教わった魔法の使い方に触発されたらしく、水魔法を戦闘に応用する方法をいくつか独力で工夫し編み出したんだそうけど……きっとスゴい物を見せてくれるんだろうな。


「よし、出撃せよ!」



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