第136話 やりすぎ?
「ごめん、やっぱり、我慢できなかった」
「謝るより先に、花婿として言うべきことがあるはず」
「うん。とっても良かった、好きだよ」
俺の言葉に、ベアトの表情が崩れ、へにゃりと緩んだレアな笑顔になる。上気した頬からは、陶器人形と評される普段の冷たさが、まったく窺われない。
我慢できなかったって謝ったのは、まあアレだ。無茶しないって言ったはずなのに、さんざん準備運動に時間をかけて体力を消耗させて、その上二回戦までしてしまったことにだ。やっぱり、待ちに待ったベアトとのそれに、ついつい夢中になってしまったんだ。
「うん。私も、幸せだ。この夜が来るのを、待ち焦がれていたのだから」
目尻を下げてそんな可愛いことを言われたら、もうたまらん。思わず黄金色の小さな頭を引き寄せて、深く口付けてしまう。長い長いキスを終えて、次の段階に進もうと手を伸ばした俺を、細い手が押し留める。
「さすがに、もうだめ。明日もセレモニーがあるというのに、クラーラ姉みたいに立てなくなったら困る」
「ご、ごめん」
しまった、さすがに猿過ぎたか。いつもクールフェイスのベアトが今日はずっと優しい笑顔を俺に向けて、あんなこともこんなことも許してくれるから、思わず調子に乗ってしまった。
「大丈夫。私もルッツとすることを、かなり気に入ってる。明日の夜も……楽しみにしてる……」
その言葉が途切れると、程なく規則正しい寝息が聞こえる。俺のせいで疲れ切ってしまったのだろう、申し訳ないのだが……あんな可愛いこと言われたら、俺は元気になっちゃって、眠れないよ!
◇◇◇◇◇◇◇◇
結果から言うと、俺も気がつくとぐっすり眠ってしまっていた。全力を尽くした夜のあれこれは、筆頭種馬とされる俺にとっても、結構疲れるものであったらしい。朝になっても起きられず、十時過ぎになってさすがに突入してきた侍女に叩き起こされた。そういや今日も、式に参列してくれた他国の王族、教会の幹部なんかを招いて昼食会なのだ。
「うっ……目は覚めているのだが、あちこちが痛くて、起きられない……」
すまん、それは俺が調子に乗りすぎて、普段使わない筋肉をたっぷり使わせてしまったせいだ。ベアトはクラーラと同じくインドア派だからな。そりゃ筋肉痛になるわ……ごめん。
最後は俺と侍女で両側を支えつつ、ベアトを湯浴みに連れて行く羽目になった。
「侯爵閣下、『手加減』という言葉を、ご存知ですわね?」
うっ、ベッティさんという年配の侍女さんが汚いものを見るような視線を、俺を向けてくる。「このどうしようもない猿め、ばっかじゃねえの?」と、その目が語っているが……ここは認めるしかない、俺は猿並みなのだと。
「すまんな、ベッティ。これは私も悪いのだ……つい嬉しくて、全部受け止めてしまったのだからな。大丈夫だ、今晩からはもっとうまくやる……母様も『こういうことは、習うより慣れろなのよ』と、言っていたからな」
侍女がぽかんと口を開く。俺も思わず呆れる……自分の娘にこれほどいい加減な「夜の指南」をする女王陛下なんて、そういないだろう。
「そういうわけだからな、今晩も『慣れる』ことにする。それにしても……身体中痛い。ベッティ、昼食会だけは務まるよう、湯上がりにマッサージを手配して」
「……御意に」
侍女さんが、深い深いため息をついた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
結局その晩も、種付けした。
「私には、この一週間しかない。だからこの一週間で、ルッツの気持ちをしっかりと身体に刻みつけたいのだ。そして、出来ることならば……お腹にその証拠を残してほしい」
今朝のへろへろな様子を見て、今日はやめておこうかと提案した俺。だけどベアトは濡れた翡翠の瞳を向けて、こんな可愛いことを必死で訴えてくるんだ。
そう、いつまでもバーデンを放っておくわけにもいかないから、俺は一週間後王都を立つ予定なんだ。俺がいない間はマックスに任せてきたけど、王族とはいえ現在は奴隷身分の彼に長期間領政丸投げは、さすがに無理があるしなあ。一旦バーデンに向かってしまえば、次に王都に上るのは半年後とか……ようは、新婚の俺たちにとっては長すぎる単身赴任が待っている。だから思い残すことないくらい愛し合って、できるなら愛の結晶を……とベアトが考えるのも、自然なことだ。
いじらし過ぎるあざといアピールに心臓を鷲掴みされてしまった俺は、あっさり陥落した。まあ、もちろん俺もしたかったわけなんだけど……その代わりと言っては何だが、彼女に負担がかからないように、いろいろ工夫した。激しいのは無しで、ただつながっているだけ、そんな感じで。ベアトもどっちかと言うとそういうほうがお好みのようで……二日目は二日目で、とっても満足できた。
とっても幸せな日はどんどん過ぎていく。
グレーテルには悪いなと思うのだけれど、その本人が少し寂しげな表情をしながらも「今はベアトお姉様だけを愛してあげて」とか言うんだ。こんないじらしい奴だったかなと思わなくもないのだが……この一年ちょっとで、彼女もかなり大人になったような気がする。
二人きりになった時のベアトは、とても感情豊かになった。不器用な表情だけど嬉しければ笑い、別れが寂しいと言っては涙を流し、小さな身体でぎゅっと抱きついてくる。陶器人形に血が通って、普通の十七歳になった感じなんだ。
……やがて七日目。俺とベアトの、新婚最後の夜が来た。
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