第120話 王女は山師
翌日、俺たちは王女の求めに応じて、「魔の森」に踏み込んでいた。メンバーはクラーラと、冒険者っぽく見せている彼女の護衛パーティ。そこに俺が加わるのだ。
そして、グレーテルがいつもの魔銀製超高級斧を手に、護衛についてくれている。
「まったく……今日は休みだから、ルッツと『リーリエ』に行きたかったのに」
ぶつくさ言いつつも、その顔は上機嫌だ。まあ、休日に遠出なんてのは、久しぶりだからなあ。
この世界は一週間が火水木金土風光闇の八曜日制で、俺はこのうち闇曜日を領の休日として、開拓作業を休みにしている。もちろん、戦争奴隷たちにもわずかながら給金を渡して、休みを与えている……適度に休んで遊ばないと、仕事にも力が出ないからな。俺も五十過ぎてから、ようやくそれに気づいたんだけどさ。
一人一人がそんなにカネを持っていないとはいえ、三万に届こうとする戦争奴隷たちが一斉に小金を手に街に繰り出すのだ。彼らを狙って目端の利く娯楽業者や飲食店経営者なんかが、よその領から引っ越してシュトゥットガルトの街に店を出してくれている。グレーテルがひいきにしている甘味カフェ「リーリエ」もその一つなのだ。木苺のパイがなかなかの味なのだが……目の前でぺろりと三個は平らげる彼女の姿に、毎回引いてしまう俺だ。
「ごめん、出来るだけ早く帰って『リーリエ』付き合うよ、もちろん俺のおごりで」
「ふふっ、楽しみにしているわ」
まあ、そんなことはどうでもいい。あの控えめな、といえば聞こえはいいが、ざっくり言えば引っ込み思案のクラーラが、わざわざ「領のためになる」と大きく出たんだ、きっとそれなりに成算があるのだろう。やりたいことはなんとなく想像はつくけど……目的地へ着いてからのお楽しみだ。
クラーラは、時折立ち止まって短く詠唱しては、進む方向をちょこちょこ変えて……俺たちはそれにくっついていくだけ。
かなり深く「魔の森」に踏み込んでいるから、もちろん魔物はじゃんじゃん襲ってくるけど、森の外縁部に出現するのはほとんど下級の魔物。グレーテルという過剰戦力にかかれば、まさに鎧袖一触の感がある。森に入って一時間も経たないうちに、豚人間的なオークや、小鬼みたいなゴブリン、魔物になりかけの狼や猪なんかを、合わせて五十体ほど倒しているのに、返り血一つ浴びていないのはさすがだよなあ。クラーラが連れてきたパーティの戦士たちは、出番がなくて苦笑いしている。
そして、さらに一時間ばかり進んで、左手に岩山が見えてきた頃合い。足を止めたクラーラが大きくうなずいた。
「ここで、ひとまず休憩にしましょうか」
あれほどオドオドしていた気弱な王女が、今は堂々と隊のリーダーとして声掛けしている姿に、少し感動する。自らが振るう魔法に対する自信が、彼女を強くしているんだな。
パーティの魔法使いと聖職者が、てきぱきとお茶の準備をする。やはり彼女たちの正体は、王女の侍女だったようだ。だけど二人は風属性のAクラスと光属性のBクラスなんだそうで……ちょっとした暗殺者ならちょちょいと片付ける戦闘能力も持っているんだとか。まあ、そんなお付きでもいなけりゃ、こんな怖い辺境地まで来られないよな。
熱々の紅茶に砂糖をたっぷり入れて、カップを両手で赤ちゃん飲みしながら、クラーラが口を開く。
「ルッツ様、ごめんなさい。最初に聞かれたときには思わず隠してしまったのですが、私は珍しい金属性魔法を使えます」
「珍しい魔法?」
「金属……探知です」
ああ、やっぱりそうなのか。クラーラが森に誘ってくれた時から半ば予想していたとはいえ、実際に聞くとやっぱり驚きだ。
金属性持ちの魔法使いの多くはモノづくり系に特化している……彼女がここんとこ見せてくれた魔法の刺繍だったりポーション作製だったり、砂糖を精製したりもその一種だ。だけど数百人に一人くらい、金属の気配を感じて、その存在する場所を探索できる術者がいるのだと書物で読んだ。クラーラは、そのレアスキル持ちであるらしい。
「陛下……母様が王配の父様から頂いたブローチを無くされたとき、私にはなぜかその場所がすぐ見つけられて……その時、私にこんな能力があるってわかったんです。これが野山で使えたら、民の暮らしを助ける鉄や銅、そして国を富ませる金銀の鉱脈を見つけられる……そう思っていたのですけど、私にはそれに必要な魔力がなかった。出来ることはせいぜい、王宮の広間程度の広さを探索することだけでした」
そこで一旦言葉を切って、ふうと大きく息を吐く王女。
「でも、今なら……ルッツ様から力をもらえる今なら、もっと広く深く、探索ができます。鉱山のありかを見つけられれば、バーデン領は一気に発展するはずです」
「しかし貴女にそんな山師の真似を……」
「あら? バーデン領の経営は、私から見れば綱渡りのようなものですわよ? 捕虜に対する国からの援助は一年限り、今みたいに奴隷に十分な衣食住を与え、その上お小遣いまで……三万人にそんな待遇を続けるには、現金収入が必要なはずではなくて?」
急に為政者の顔になったクラーラにそう言われると、ぐうの音も出ない。そうなんだ、グレーテルの超速開拓で耕地を拡げてはいるけれど、そこからは命をつなぐ程度の収穫しか得られない。何かカネをもたらす産業が必要なのだが……今のところそれが見いだせていないのだ。
「それは……できるならば、お願いしたいです」
「頑張りますわ。私の探知スキルが教えてくれています、この岩山には、何か金属鉱脈があると。きっとルッツ様のバーデン領のためになる鉱脈を、探り当てて見せますわ」
ほんの数日前までの、びくびくオドオドした女はいずこかに消え失せ、そこには決意をあらわにした凛々しく高貴な姫の姿があった。その茶色い瞳の輝きに、俺も一瞬見惚れた。
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