第121話 これはすげえ!
「お願いです、そのまま背中から」
何かを真剣に念じているクラーラの背中に、情けない格好でへばりついている俺だ。仕方ないじゃないか、そういう注文なんだから。
金属探知の魔法は、えらく魔力を食うのだそうだ。Cクラスの魔力しか持たぬ彼女がそれを維持するには、モバイルバッテリーつなぎっぱの状況が必要なわけで……結局のところ彼女の要求通り、ずっと抱き締めた状態を続けるしかない。
グレーテルはもう怒る気力も失せたのか、爬虫類の交尾を見るような醒めた目で俺を見ている。いや、これは俺が望んでこういうことしてるわけじゃないから……と言い訳しても仕方ない。ふにゅっと柔らかいクラーラの身体に触れているのはとっても気持ちよくて……言いたかないが、さっきから元気になってしまっているのだから……つくづく、俺って猿だよなあ。
「わかりました……こっちですね」
十五分くらい歩いてクラーラに導かれた先には、大きな岩の裂け目があった。
「マリア、この割れ目を広げてくれる?」
「御意!」
無聊をかこっていたらしい護衛のお姉さんが、やおら詠唱を始める。冒険者戦士姿だったが、国軍所属の土魔法使いなのだそうだ。
「ふぅんっ!」
若い女性には不似合いなオヤジ臭い気合いの声が響くと。目の前にある岩棚が爆発したかのように吹っ飛び、裂け目は人が入り込めるくらいの隙間になる。まるで発破みたいで……
「うわあ、やっぱり魔法って凄いですね!」
「……まあこれでも一応、Aクラスなので」
マリアさんと呼ばれた土魔法お姉さんが、俺の賛辞に照れて頬を染める。そんな俺たちに生暖かい一瞥を投げて、クラーラが露出した岩肌に近づいていく。気付いてみれば、何かの鉱石を左手に持って。
「クラウディア、それは?」
「これは赤鉄鉱、使いやすい鉄の鉱石です。そしてこっちは磁鉄鉱……」
お付きの奴らが持った標本箱からいろんな鉱石や金属塊を代わる代わる手に取っては、それと「同じ感じ」が岩の中から感じられるか探っているらしい。なんでも鉱石によって魔力の流れ方が違うんだそうだ……もちろん俺にはまったくわかんない世界だけどな。
「鉄でも銅でもありませんね……鉄はぜひルッツ様に差し上げたかったのですが」
確かに欲しかったけど、ないものは仕方ない。まあ鉛や錫でもいろいろ役に立つ……そういや錫のマグで冷えたビールをぐいっと頂くのは、たまらんよなあ。こっちの世界に来てからはぬるいエールしか飲んでないけど、今度水魔法使いに頼んで、冷やしたのを作ってもらおう。
そんな呑気なことを考えているうちに、卑金属系の鉱石は試し終わって、どれも違うようだ。そうするともしかして……金銀が出ちゃうのか? 出れば領の財政問題は一気に解決だけどな!
まあ、そんなうまいことはなかった。彼女が金と銀をかわるがわる手に取り何かを念じているけど、その細い眉は寄せられたままだ。
「おかしいです……金でも銀でもありません」
「金属であることは確かなのですよね?」
「それは間違いありませんが……」
う~ん、まあこの時代はそれほどいろんな金属が知られていないから、そういうレアメタルかなあ。チタンやコバルトなんかものすごく役に立つけど、そんな鉱石見つかったって、この時代の設備じゃあ精錬なんかできないわな。
そんなことをぼんやり考えていたら、俺の腕の中から不意にクラーラが脱け出して、グレーテルに走り寄ったかと思うと……その手にしていた斧を、ぎゅっと両掌に挟み込んだ。
「この感覚……これです! この岩山に眠っているのは、この金属です!」
「え? 魔銀があるってこと?」
これは、驚きだ。魔銀は魔力を良く通し、良く貯められる。魔法使いの術具としては最高のものだし、だからこそグレーテルには魔銀の斧を持ってもらっているのだ。
しかし、魔銀は国内で採掘されず、ポズナニ王国からの輸入に頼っている。友好国とはいえ貴重な金属だ。優遇してくれてもなお、その価は高い。グレーテルの振るう魔銀無垢の斧は、まともに買ったら王都に邸宅が建つほどで……まあ俺の財布じゃなく、勘定は王室に回したんだけどな。そんなことはどうでもいいが、もしそんな貴重金属がこの領で採掘可能になったら領の財政が潤うだけじゃなく、ベルゼンブリュック王国全体の魔法戦力が、一気に強くなるだろう。特に戦闘系魔法使いは、術具の良し悪しが生死に直結するからな。
「はい、間違いありません。この岩塊を砕いて持ち帰りましょう。戻って急ぎ鑑定を」
◇◇◇◇◇◇◇◇
鑑定の結果は、クラーラがきっぱり宣言した通りだった。鑑定お姉さんは興奮して躍り上がらんほど……それくらい、魔法使いにとって魔銀の存在はクリティカルなんだよな。
まあ採掘は、それほど急ぐことじゃあない、鉱山は逃げないからな。今はそれより冬前にどれだけ麦畑を広げられるかのほうが、捕虜たちの生活には重要事、グレーテルにはそっちに全力を振り向けてもらって……鉱山開発はいろいろ面倒事もあるから、ゆっくり取り組むとしよう。さすがに魔銀鉱山ともなれば、勝手に経営するわけにもいかないし、女王陛下に運用の相談をしないといけないだろうしな。
それよりも、傍らで達成感溢れる微笑を浮かべるクラーラが可愛い。己の魔法が民を助け、国を富ませる実感を、ようやく得られたのだ。俺の視線に気づいた彼女がこちらを向けば、微笑は満面の笑みに変わる。
うん、これでベアトからの宿題、ちゃんとできたってことでいいよな?
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