第122話 王女との別離

 鉱石を詳細に鑑定した結果は、もちろんアタリだった。それもかなり良質なもので……鉱脈の規模をこれから確認する必要はあるけど、国内の需要を全部賄える可能性があるとか。これは、クラーラが王都に戻っても、胸を張って主張できる成果になりそうだな。ああ、だけどバーデンに来たことは、内緒にしないといけないのだったか。


 そんなわけで、今日は俺たちのログハウスで、帰りにグレーテルが倒したオーク肉のステーキをつまみに、祝杯だ。こないだ悪酔いしたグレーテルはよほど懲りたらしく、慎重にグラスを空けている。今晩ばかりは護衛の軍人さんやお付きの侍女さんたちも交じって、にぎやかにクラーラの大発見を讃えているところだ。


「魔銀の発見なんて、当代最高の功績になりますわ!」

「いつかは殿下が……と思っておりましたが、こんな日に立ち会えるとは……」


 聖職者コスプレの侍女さんは、感動の涙を流している。仕えている主人が「魔法王国の王女のくせに何もできない」と陰口をたたかれていることに、長年耐えてきたのだろう。


「私の功績ではないわ。ルッツ様のお力を借りての魔法行使だったのだし……そして私を支えてくれたみんながいなければ、ここまで来れなかったでしょう。ありがとう……」


 相変わらず控えめな王女のねぎらいの言葉に、また侍女さんが涙をあふれさせる。見るからに頼りなげだけど、仕える側からすると優しく思いやりのある、いいご主人だったんだろうな。


「ま、少なくとも女王陛下に自慢していい成果ですね。とにかく今日はお祝いです、食べて、飲みましょう!」


「おうっ!」「殿下のご活躍を祝して!」「おめでとうございます!」


 部下たちの賞賛ににこやかな表情で応えていたクラーラが、オーク肉を上品に切り分けて口に運ぼうとした時、何か不思議そうな顔をした。静かにフォークを置くと、ワイングラスに向けてなにか詠唱している……いつものアルコール抽出かな、こんなときでも鍛錬を怠らないとは感心なことだなあと思っていたら、彼女の目が三割増し大きく見開かれた。


「ルッツ様……私、わかりました。これ、なのですね……」


 感極まったような声を上げるクラーラは、右の掌をお腹に当てている。その姿を見て、何が起こったのか俺にもわかってしまった。


「できた……のですね?」


「ええ。はっきりわかりました、お腹のこのへんから魔力がじわっと伝わって、全身に満ちてくるのです。これがルッツ様の『神の種』が持つ力……」


 涙が一筋、頬を伝う。己の身体から魔力があふれ出るという二十数年間縁がなかった経験を初めて味わった、感動の涙だ。


「殿下、お子を孕まれたのですか?」「なんと!」「おめでとうございますっ!」


 クラーラは部下たちの祝辞も耳に入らぬかのように、溢れる涙を拭おうともせず、ただただ愛しげに己の下腹をさすっていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「やはり、お帰りになるのですか?」


「はい。こんな私でも民のために働けることがわかったのです、のんびりと休んでいるわけには参りませんわ」


 おそらく高い魔力の子供がお腹に宿ったのであろう、俺というモバイルバッテリーがなくてもその繊細な魔法制御力を発揮できるようになったクラーラは、早速王都に戻って働くのだという。ベアトは安定期まで遊んでいていいと言ってくれているはずなんだが……まったく、真面目極まりない王女だよな。


「ですが、妊娠初期で、馬車に揺られるのは……」


「そのために、私どもがいるのですわ」「お任せ下さい!」


 二人の侍女さんが、ようやく自分のターンが来たとばかりに拳をぐっと握って見せる。何でも風属性魔法使いのお姉さんは、クラーラを馬車の座席から浮かせた状態で、半日くらい維持出来るのだという。魔法エアークッションってわけか、それなら揺れの心配はないな。そしてもうひとりのお姉さんは、治癒魔法持ちの光属性……そりゃあ確かに安心できる、任せて良さそうだ。


「それならば、もうお止めしません。お腹の子供を、大切に」


「ええ、この子はルッツ様から頂いた、希望の光です。私にとっては、何者にも変えられぬ、宝物……必ず、元気に産んで、立派に育ててみせますわ」


 バーデン領に来たばかりの頃の姿とは百八十度違う、堂々とした姿。もちろん、何か魔法で成功体験をするたびに彼女は自信を深めていたけど……それはやっぱり、俺に依存している感が強かったのだ。もう彼女の目に、誰かにすがりつく意志は見られない。自分が、自分の力で、お腹に宿った小さな命を守ろうとしているんだ。元世界でも、母は強しって言ってたもんなあ。


「それでは、俺たちが王都に行った時、またお会いできることを楽しみに」


「そうですわね……」


 そんな言葉を交わしつつ、俺もクラーラもわかっている。ここで一旦別れたら、もう運良く会えたとしても、もはや親しく話をすることなどできないだろう。同じ王族といえど、俺は対立候補の、配偶者なわけだし。


「ルッツ様、これはお世話になったお礼です。つまらないものですが……」


 差し出されたのは女性の小指くらいの、小さな石彫の神像。細工物が得意な、クラーラらしいプレゼントだ。紐を通せるようになっていて……ペンダント用なのかな。


「ありがとう、いただきます」


 俺は何も考えず、笑顔でそれを受け取った……あとでそのことを、ほろ苦く思い出すことになるのだが。



◆◆◆ 書籍発売日が7/30に更新というか、訂正されていました。まあ、あれこれ決まっておりませんので。スミマセン! ◆◆◆

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