第34話 闇の一族

「実は、闇の族長に是非にと頼まれてな。我々もあの者らにいろいろと、人に言えぬことを頼んでおるゆえ、無下にもできぬのだ」


 そういえばあの族長「あと一人か二人……」とかつぶやいてたな。ヤバい仕事の報酬として、俺の「種」をねだったってわけか。だけどそのくらいなら一夜の「 種付け」を要求すればいいものを、何で俺の側室なんかになるのだろう。闇の仕事がしづらくなるだけだぜ。


「族長が言ったのだ。この娘には堅く想う男あり、できることなら添わせてやりたいとな。まさか、王女の婿を望んで来るとは思わず、うっかり『許す』と言ってしまったのが私の不覚での、済まぬ済まぬ」


 女王陛下が「てへっ」とでも言いそうなポーズで自分の後頭部をぽんぽんしている。そういうのを「うっかり」で済まさないで欲しいんだがなあ。


「もちろん、ベアトの意向は聞いたぞ。ルッツのつがう相手に関しては、全権を与えておるゆえな。だが我が娘は『良いお話、進めるべき』と即答したのだ。正室が認めたのだ、ありがたくつがえばよいであろう?」


 軽っ! 普段は重々しく威厳にあふれた陛下が、今はやたらと軽く見える。まあ、これがこの方の、素なのかも知れないなあ。いや、そんなことより。


「ねえベアト、なぜアヤカさんなら良いの?」


 これだけは、聞かないといけない。なんで婚約したばっかりの男に、いきなり側室を勧めるわけ? 昭和の常識では、理解できんわ。


「この人、もうルッツ以外の男は目に入らない。そしてルッツと共にある限り、私や母様の敵にはならない。そんな女性が闇の一族をしっかり握って、自身も一二を争う闇魔法使い……側室にすることに、メリットしかない」


 ベアトの答えは極めて実利的で、ロマンの欠片すら感じられない。だけどどうして、アヤカさんの心がわかっているような発言になるのかな。俺の表情を見て取った彼女が、少しだけ口角を上げる。


「私には、王室の血筋に現れる特殊能力がある」


 いや、それってめちゃくちゃ説明不足だろ、わかんねえよ。俺が抗議の声を上げようとした時、陛下がフォローを入れてくれる。


「ベアトは『精霊の目』を持っている。自分あるいは近親者に敵意を持っているか、好意をもっているかが、その者を見ただけでわかるのだよ」


 そ、それは。もしや俺がスケベなことを考えたら、わかるということか。


「わかる。だがそれは『精霊の目』 など使わなくても、鼻の下が伸びるから」


 うっ、ものすごく下らない答えを聞いてしまった。


「私の魔法は木属性、国同士の戦には向かない。だけど母様は私を次期女王に推してくれてる。それはこの目があるから」


 まあそうだろうな。外交で決して騙されることがない、王族としては垂涎の能力だ。


 だけどベアトは、子供の頃から自分に向けられる悪意を、その能力で露骨に感じて来たんだ。そりゃ、辛かったろうな。彼女が人形みたいになっちゃったのは、剥き出しの敵意から己の精神を守るためだったのだろう。そう思うと俺の中で、この子の心を守ってあげたい気持ちが、むくむくと膨らむ。まあ冷静に考えれば、俺は守ってもらう方なのか。どっちかと言うと、彼女の心が疲れたときの、とまり木を目指すべきなんだろうけど。


「ルッツは話を聞いていない、不満」


 抑揚のないベアトの抗議に、我に返る俺。いかんいかん、今はアヤカさんの話だった。


「この人の気持ちは一途、絶対裏切らないと『精霊の目』が言ってる。だから私は、この人……アヤカの望みを叶えたい。そうすれば、闇の一族は全てを王室に捧げるはず」


 結局最後は、実利なんだな。でも、アヤカさんがそんなに想ってくれてたなんて、嬉しいよ。


「私と母様はアヤカを推薦する。だけど婚姻を結び子作りをするのはルッツ。ルッツの気持ちで決めればいい……どうする?」


 え、今すぐ答えを出さないとダメなの?


 アヤカさんを見れば、ベアトより肌色の濃い頬を染めつつも、ずっと俺から目をそらさずに、何かを訴えてくれている。ここまで気持ちを向けられて、断る選択肢なんか無いよな?


 だけど、これを受けたら傷つく女の子もいるだろう。そっちに目を向ければ、ストロベリーブロンドの髪が静電気でも帯びたかのように逆立とうとしている。お下げに結ってなかったら、まるでゴルゴーンのようにぶわっと膨らんでいたことだろう。グレーの瞳からは見た者を射抜くかのように鋭い眼光が発せられていて……おいグレーテル、ここで暴発するのは、やめてくれよな。


 食いつきそうな目で俺を睨んでいたグレーテルのまぶたがゆっくり閉じられる。胸の中でゆっくり百を数えた頃、それが開かれて……再び現れた瞳には、柔らかな光があった。あきらめたようなため息をついてから笑みを向けてくる彼女に感謝の頷きを返してから、俺はアヤカさんに向き直った。


「アヤカさん。貴女ならもっと大人で、実績のある種馬を捕まえられるでしょう。どうして、俺なんですか」


「……ベルゼンブリュックの皆さんには理解しにくいと思いますが、我々の一族が元々住まっていた東方の地では、生涯につがう相手はただ一人、そういう人生が幸せなのだとされてきました。私も、そんな幸せを目指したい……この身に触れる殿方は、ルッツ様お一人としたいのです」


 まるで大昔の、武家娘のような倫理観。だけど、ルーツが日本人の俺には、アヤカさんの言葉がなんだか心地良く、胸に染み込む。俺は大きく一つ息を吐いて、アヤカさんの前にひざまずいた。


「アヤカさん、そこまで言ってもらえて、嬉しいです……後悔、しませんか?」


「決して」


 こうして、わずか一週間もたたぬ間に、俺の婚約者は三人になった。



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