第35話 ベアトの誕生日

 今日はベアトの、十六歳の誕生日だ。 


 怒涛のように過ぎた婚約騒ぎからしばらくは、まったりと平和な日々が続いた。もちろん俺とベアトの婚約に驚いている奴は多かったけど、女王陛下と王立校長の連名で「事情を詮索することは厳禁、破る者は不敬罪に問う」とまで布告が出されれば、さすがのクラウスやディーターでも、聞くことを躊躇せざるを得なかったらしい。なんだか申し訳ないけど、特に俺の種付成績については、きつく緘口令がしかれたのだ。


 そしてようやく本日、その辺のあれこれが、誕生祝賀パーティーの中で公開されるはずだ。良くも悪くも注目を集めてしまうだろうと思うと、めちゃくちゃ気が重い。ベアトのお婿さんの座を狙う高位貴族の子息は多い……きっと羨望の、それ以上に憎悪の視線が、俺の一身に集まるだろうなあ。本当は俺、王配の座とかに、まったく興味がないんだけど。


 王宮のホールは、高位貴族とその子女でにぎわっている。このように華やかな宴に招待されること、それこそがその家の評価そのものなのだ。過去には手違いで招待状が届かなかった伯爵家の当主が、絶望して命を絶った例もあるとかで……はっきり言ってこういうスノッブな雰囲気は嫌いだが、もはや逃げることもできない。


 ベアトと一緒に入場するのかと思っていたが「先に入って待っておれ」という陛下の命だ、厄介事が待っていそうだが従う以外の選択肢はない。できるだけ目立たないようにコソコソ入場したつもりだが、俺の姿を認めるや否や何とも言えないざわめきがあちこちから沸き起こり、好奇の視線と、それに倍する数の敵意ある視線が、ぐさぐさ突き刺さってくる。まあ、ある意味予想どおりなんだけどな。


 おそらくわざと聞こえるように陰口を叩いているであろうひそひそ声を、聞こえないふりでやりすごす。ここで暴れたり怒鳴ったりしたら、それこそ相手の思う壺と言うものだ……俺の振る舞いがベアトの名誉まで傷つけてしまう事態は、避けないといけないからな。


 だがやはり、ちょっと入場するのが早すぎたらしい。早速中年の、やたらと装飾品をじゃらじゃら身に着けてスカした雰囲気の親父が、俺に絡んで来る。


「ベアトリクス殿下と婚約したというのは君かい」


「ええ、そうです。フロイデンシュタット家四男、ルートヴィヒと申します」


 初対面のお前に「君」呼ばわりされるいわれはねえよと言いたい気持ちをぐっと抑え、できるだけ冷静に、声のトーンを下げて答える。どうせ相手の言いたいことは、だいたいわかっているからな。


「ほう、なかなかの美少年だな、王女殿下が愛でられるのもわからんでもない。だが、伯爵家の四男ごときに王配候補は、荷が重かろう。どうだね、今からでも身に過ぎた名誉を辞退するというのは。やはり王女殿下の配偶者ともなれば、最低でも侯爵級以上の子息、そして殿下を導ける大人の男でなければな」


 ふうん、そうするとこいつは、侯爵様か公爵様か……の、婿殿なのか。当主様なら多少は顔を知っているけど、婿の顔までは覚えていない。まさかこの親父自身がベアトを狙っているとも思えないから、後ろでもじもじしている、青白い兄ちゃんが多分息子で……お婿さん候補ってわけか。「大人の男」とか言ってたけど、本当に大人だったら恋のライバルと戦う時に、パパの力なんか借りないものだけどな。


「当家の寄り子に婿を求めている男爵家がちょうどあってな、素直に引いてくれれば、推薦してやらないでもないのだが?」


 はあっ? 寝言はベッドで言えと吐き捨てたいところだが……ここはこらえて、大人の応対をしよう。


「このたびの婚約、仰る通り我が身には過ぎたる栄誉。しかしながらこれは、陛下と母の間で約されたものにて、是非もないことなのです。私には、当主に逆らうことも、陛下の御意を違えることも、できかねますので」


「むっ、ぐ……陛下の御威光を笠に着るとは生意気な……見ていろ!」


 俺の態度が、かしこまったゆえのものではなく単なる慇懃無礼だとようやく気付いた親父は、ぷんすか湯気を出しながら去っていった。あんまり敵は作りたくないけど……当主様ならともかく、婿親父だったら多少怒らせてもいいよな。


 だけど、周囲の敵意は、益々強くなった感じがする、困ったなあ。俺も当主たる「炎の英雄」と一緒に来ていればこれほど絡まれることもなかったのだろうけど、母さんは昨日唐突に南方の妖魔討伐を命じられて出張している……なんだか、作為を感じるよなあ。


 一つため息をついて視線を上げると、若い男が一人、真っすぐ俺に向かってつかつかと近づいてくるのに気付く。金髪で二十歳くらいの、結構鍛えていそうな逆三角形の身体を持った男だ。顔は整っているけど、なんだか目つきが怪しい気もするんだよな。


 ターゲットが俺じゃないことを胸の中で何度か祈ったけど、この世界の神様は俺の願いなんか聞いちゃくれなかった。そいつは俺の前で立ち止まると、ずびしと人差し指を向けてきた。おいおい、いきなり指差すって、この世界でも無礼な行為のはずなんだけどな。


「お前が、ベアト様をたぶらかしたのだ! けしからん!」


 ああ、またおかしな奴が出た……誰か俺を、助けてくれよ。

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