第36話 ナルシー男

 金髪男は、額にかかる前髪をわざとらしくかき上げて「 俺ってカッコいい」とばかりに鼻をうごめかしている。ああ、元世界でもいたなあ、こういう自意識過剰系の勘違い男。


「失礼ながら貴方のお名前を存じ上げないのですが、どなたでいらっしゃいますか?」


 うんざりしながらもキレるわけには行かない、ここは慇懃無礼でいこう。


「むっ! このシュテンダール伯爵家次男グレゴリウスを知らぬとは! 無礼千万!」


 知るかよ。そんな地方貴族の、それも次男とか。ジーク兄さんの勧めで貴族名鑑を読み込み、伯爵以上の当主様については名前くらい覚えたけど、息子、それも次男とか……知っててもなんの得もないだろ。


「ベアト様は私に『お気持ち』を抱いて下さっていたのだ。お前のような若造が割り込む余地などなかったというのに……卑怯な手管を使って彼女を籠絡したのであろう、断じて許せぬ!」


 なんだかこいつの言うこと、あちこちおかしいな。何で俺がベアトをたらしんだことになってるんだよ。しかも「卑怯な手管」って何なんだ。そもそも「ベアト様」って馴れ馴れし過ぎないか? 王族を愛称呼びとか、普通しないぞ? まあベアトがそうしろって言うから、俺はそう呼んでるけど。まあこんな奴でも貴族の子息だ、相手してやらないといけないんだろうなあ。


「グレゴリウス卿、王女殿下が貴方に『お気持ち』を抱かれていたと言うことですが……殿下はその『お気持ち』を、一度でも口にされましたか?」


 言うわけがない。こんな下心丸出しのナルシシストに、「精霊の目 」を持つベアトが、警戒を解くはずもないからな。


「くっ……ベアト様は慎ましいお方、直接的なことはおっしゃらないが、目を見ていればわかる。あの目は恋する少女のそれだ、間違いない!」


「左様ですか。殿下は、私に対しては直接、配偶者に望む旨お言葉を下さいましたが?」


 丁寧な言葉使いは変えず、だが唇の片側を少し上げて言い返せば、さすがに嘲りの感情が伝わったのだろう、ナルシー男の顔が真っ赤に染まる。


「おっ、お前! このグレゴリウスに対しその暴言、そしてベアト様の純潔を弄んだ罪、断じて許せん! 成敗してやる、決闘だ!」


 いや俺、まだベアトに手を出してないし……てかキスもしてないぞ。おっと、そこが問題じゃない、まさか王室主催のパーティで暴力的な行為に訴えることはなかろうと高を括っていたけど、バカはどこにでもいるんだな。


 投げられた白い手袋が、絨毯の上に落ちる。うわあ、このバカ、本気だよ……これを拾ってしまえば、俺はこのナルシー男と決闘しなければならない。まあ拾わなければいいだけなのだが、そうしたらそうしたで、ベアトの婚約者は腰抜けだとか臆病者だとか、言いたい放題社交界に広めるのだろう。それは、イマイチだな。


 まあ、俺だってジーク兄さんと一緒にここ一年、真面目に剣技の鍛錬もしてきたし、グレーテルにも指導という名のイジメを受けてきたんだ。剣でやるなら、無様には負けないだろう。かなり痛い目にあいそうだけど……ベアトの名誉には代えがたいか。


 そう覚悟を決めて、一歩を踏み出したその時、華麗な金色のドレスに身を包んだ令嬢が俺の横をすり抜け、優雅に膝を曲げると、手袋を拾い上げた。ストロベリーブロンドの髪をハーフアップに結い上げた令嬢はくるりと振り返ると、呆気にとられる俺に、輝くグレーの瞳を向けた。


「グレーテルっ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 いつものパンツスタイルとすっぴんを見慣れているせいか、ドレスアップを決めて化粧まで施したグレーテルは、とても綺麗に見える。


 しかし美しく装ったとて、彼女の戦闘的な性格が変わるわけもない。決闘申込みの手袋を奪い取ったグレーテルの目は、挑発的に輝いている。


「あ、貴女は……ハノーファー侯爵令嬢。どうして貴女が……」


「あら、 おわかりにならないかしら? 貴方の決闘申し出を、私が受けて差し上げようというのですのよ?」


 金髪ナルシーの表情がこわばり、青く変わった頬に、冷や汗が流れ始める。そりゃそうだ、もともとこの世界で、男女の戦闘能力はおしなべて一桁違う。そこへ持ってきて彼女は「英雄の再来」とよばれる近接戦闘の天才だ。ナルシー氏が多少剣技に自信を持っていたとしても、グレーテルにとっては腕にとまった蚊を叩き潰す程度のものだろう。


「いや、私はあくまでそこなる男に対し義憤を燃やしているまでのこと。貴女にはそやつが申し込まれた決闘を代わる権利はないはず、下がられよ」


 冷や汗があごを伝って垂れようとしているというのに、ナルシー氏はまだ虚勢を張っている。まあ、言っていることはある程度正しいけどな。


 この国では、決闘による殺人は罪に問われないため、名誉を重んじる貴族の間では、度々それが行われる。但し戦闘に弱い人を守る仕組みとして、家族であれば代理で戦えるという決まりがあるのだ。もちろん幼馴染というだけではダメであり、ナルシー氏はそこを指摘しているわけだな。


 だがしかし、グレーテルは腰に手を当て、ツンととがった形良い鼻を心持ち上向きにして、誇り高く言い放った。


「私にはその権利がありますわ。だって私は、ルッツの婚約者ですもの!」



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