第33話 まさか三人目?

「よろしいのではないかと存じますわ。王国の双璧であろう『英雄』と『再来』の両者が、ルッツ様を通して王室……私と深く結びつくのです。ベルゼンブリュックの安寧に資すること極めて大きいでしょう。そして、ルッツ様が彼女との婚姻を強く望むなら、私がそれを否と言うことはありません」


「ベアト。ここは公式の謁見ではない、文官どもは下がらせて居るゆえ、本音で話すのだ」


 陛下が命ずると、あたかも陶器人形のようだったベアトの頬に、すっと朱が差した。そして彼女はやおら立ち上がると、ぶっきらぼうに口調を変えた。


「母様の言う通り。婚約披露もしない内に側室とは驚く」


「ごめんなさい、ベアトお姉様。だけど……」


「いい。ルッツは真面目だから、真っすぐ想いを向けられたら断れないはず。だけどあっちこっちに真面目すぎて、放って置くと側室が百人とかに増えそうで怖い」


 いや、いくらなんでも、百人はないだろ。そこまで豪華なハーレムを築くつもりはないぞ……たぶんだけど。おたおたする俺に目もくれず、ベアトはひざまずいたままのグレーテルの前に立つ。


「グレーテル」


「はいっ、殿下」


「殿下だと?」


「……失礼しました。ベアトお姉様」


「うん。グレーテル、お前は泥棒猫。私が婚約を結んだ男を、数日のうちに誘惑し、籠絡した」


 碧の視線が冷たくそして鋭く、グレーテルを射抜く。幼馴染は一層深く頭を垂れる。


「仰る通りです。あきらめられませんでした。如何なる叱責もお受けします、どうかルッツと添うお許しを賜りたく」


 まるで罪人のように慈悲を乞う彼女の姿に、俺が立ち上がろうとした瞬間。


「いいんだ、グレーテル。本当は私が泥棒猫」


「え?」「へぇっ?」


 思わず同時に疑問の声を上げてしまったグレーテルと俺に構わず、ベアトは言葉を継ぐ。


「想う人がいることは、話してくれたよね。必死でフェイクをかまして相手がバレないようにしていたつもりだろうけど、グレーテルの嘘は底が浅い。ちょっと調べればわかる、お相手がルッツだってことが。それを知っていて婚約を結んだのだから、私の方が泥棒猫だろう」


「しかし、婚約は陛下の勅命、お断りになれなかったのでは?」


「母様は私が否と言えば、無理強いはしない。それをわかっていて、なお私は母様の命を拒まなかった。それは私自身が、ルッツと特別な関係になりたいと、願ってしまったから」


 意外な言葉を口にしたベアトは、白皙の頬をいまや桜色に染めている。これって……俺のことを意識して、こんな可愛い反応してるんだよな。ヤバい、陶器人形みたいな定常状態とのギャップに、ズキュンと胸を撃ち抜かれてしまう。


「だから、グレーテルのことは認める。ルッツの気持ちを、公平に分かち合う」


「ベアトお姉様……」


「ルッツの妻同士、これからも仲良く頼む」


「はいっ! 二人でルッツを支えましょう!」


 思いがけない側室容認宣言に高揚したグレーテルが元気よく口にした決意に、ベアトがその秀麗な眉を少し曲げた。


「いや『 二人』ではないぞ?」


「ええっ?」「へ? 」


 また俺たちは、間抜けな声を上げてしまう。


「もう一人の側室は、私と母様で決めた。ルッツには事後承諾になるけど、絶対喜ぶはず」


 いつものぶっきらぼうな調子で断言するベアトに、首を傾げるしかない俺。ふと真横を見れば、グレーテルがジト目で俺を睨んでいる。


「いつの間に他の女と……」


「いや、本当に、何も知らないから。本当だから」


 まさに濡れ衣とはこのこと。俺はベアトとグレーテルの他に、将来を約束した女性の記憶はない。いや、もしかして……「 俺が憑依する以前のルッツ君」が、誰かと未来を共有していたのか? だとしたら、決定的にヤバい。すがるような視線をベアトに向けると、なぜだか彼女がいたずらっぽく口角を上げた。


「ルッツが何を考えているか、わかる。大丈夫、闇の一族に調べさせても、落馬する前のルッツに女性の影はない」


 そんなことまで闇一族の力で調べ上げられちゃうんだ、怖っ。だけどそれなら余計に、心当たりがないけどな。


「一体、側室って誰なの?」


「見せたほうが話が早い。連れてきた 」


 ベアトの声に合わせ、元世界で言えば東洋風の衣装を着けた華奢な女性が部屋の隅からすうっと音もなく近づいて、俺たちと女王陛下の側方で両膝を落とすと、絨毯床だというのにきちんと正座して、三つ指をついた。


「このひとが、そう。きっとルッツも、気にいるはず。面を上げて」


 ベアトが命ずると、女性は静かに顔を上げる。濡れたような艶のある黒髪がはらっと流れ、その黒く深い瞳が、俺を見つめる。すっきりしたあごの線と、可愛らしい目鼻立ち。桜色のやや薄い唇……確かに俺は、この女性をよく知っている、そしてこの女性を嫌ってはいない……いや正直に言おう、かなり好きだ。強い意志がこもった視線をこっちに向け続ける、このひとは……


「アヤカさん、どうして?」


 そこにいたのは、「 洗礼」のお相手であり、闇一族の次期族長の……アヤカさんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る