第188話 やっぱりこうなるよね

「まったく、余計なことをしてくれる種馬だ」


 陛下がジト目を向けてくる相手は、不本意ながら俺だ。いや、さすがに俺、今回は悪いことしてないでしょ。


 まあもちろん陛下だって、それはご承知の上だ。だからこそ真っ昼間だというのにワインのボトルをもう二本も空けて、冬眠から覚めたばかりの竜のような息を吐いているのだ。


 洗礼式が終わっても、予想通り俺は家に帰してもらえず、王宮に拉致されてしまった。そのまま有無を言わさず陛下の執務室に連れ込まれ……今に至るというわけだ。蛇に睨まれた蛙のように縮こまる俺の両側には、ベアトとクラーラが座っている。


「まさかルイーゼが、伝説の二属性持ちとはな……」


「母様、ごめんなさい。私が……」


「クラーラのせいではない。とにかく悪いのは、この男よ」


 陛下から、ずびしと指差される。クラーラが責められる事態にならなかったのは良かったけど、なんか俺、理不尽な言われようだな?


「女王陛下……俺、そんなに悪いことしました?」


「自覚がないのが、余計始末に負えぬ。そもそも義姉をたぶらかして抱く時点で男の風上にも置けぬわ。しかも、このように厄介な子を仕込み居って……」


 まあ、クラーラとあんなことやこんなことをいたしたことは、決して褒められるもんじゃないな。だけどあれは俺が好き心で手を出したわけじゃなく……ベアトの命令だったんだぜ。実に気持ちよくて、必要以上にいたしてしまったことは否定できないが。


 そして、せっかく産まれた子が厄介者扱いなんて、ずいぶん不本意だなあ。洗礼の席では、みんな絶賛してたじゃないか。それに……二属性持ちの魔法使いなんてのがありうるなんて知らなかった俺だ、意図してそんな超高難度技に挑戦したわけじゃない、あくまでこれは結果なんだ、結果。


「はぁ……明日から宰相を先頭にして貴族共がぞろぞろ押し掛けるであろう。『伝説の賢者を王に頂くべし』とな」


 う〜ん、それはつまり、ベアトを王太女から外して、クラーラを次期女王にすべしということだな。確かにそれは面倒だろうけど……。


「うん、ルイーゼを女王にしてもいい。私が一旦王位を継いでも、その後継者が私の娘である必要は無い。ルイーゼが成人して能力を示したら、王位を譲って私たちはバーデン領に隠居するというのも、ありだ」


 ベアトが表情も変えずつぶやく。そういや以前にもそんなことを言ってたなあ。この姉妹は二人とも王位に対する執着がまったく無いのだ。ベアトが王太女指名を諾々と呑んだのは、どう見ても王に不向きなクラーラに代わって、面倒を引き受けただけなのだ。


「そうすれば、ルッツと一緒に暮らせる。楽しみだ」


 とぼけた台詞を口にしながらも、ベアトの目はマジな光を帯びている。うん、まあ……王都を離れるたびに、寂しいって泣かれるからなあ。それに、王宮では気を張っているらしいベアトも、根っこはのんびり屋さんだ。バーデンみたいな辺境領地でのスローライフは、実のところ性に合うんじゃないかなあ。


「ベアトはそう思っていても、貴族たちは納得せぬ。奴らの目的はルイーゼを王にすることではなく、自分たちの言いなりになってくれるであろうクラーラを、傀儡君主にすることなのだからな」


 女王陛下の言葉に、クラーラの眉が切なげに歪む。そう、クラーラがこんなに気弱な女性じゃなかったら、陛下は順当に彼女を後継に指名し、「精霊の目」を持つベアトを補佐役に回していただろう。


「クラーラ姉……姉はどうしたい?」


「私は、これ以上他人に利用されたくない。そしてルイーゼを、権力争いの道具にされたくないの。ルッツ様に授けていただいた魔力で、民のために尽くしたい。ルイーゼが稀有な魔法使いだというのなら、その才能で生きる道を広げてほしいの。女王になるのがあの子の幸せだなんて、思えないから」


 これは驚いた。これまでひたすら穏やかで控えめだったクラーラが、自分とその子が生きる道を、はっきり主張しているのだから。やっぱり、守るべき子供ができると、女性は変わるのだ。


「そうか、クラーラ姉がそう言うなら、良かった。ならばこの際、すっきりカタをつけるべき」


 少しだけ頬を緩めつつそう口にしたベアトが、卓上のベルを二回鳴らす。執務室の扉が重々しく開いて……そこには、俺の大事なリーゼ姉さんが、黒い軍服で直立不動の姿勢を取っていた。う〜ん、やっぱり姉さんには、ぴっちりフィットした軍服がよく似合う。


「リーゼよ、宰相どもを潰すぞ、準備はできているだろうな?」


「はっ、抜かりなく!」


「それじゃあ、役者たちを王都に呼ぶとしよう。アデル、手配を」


「御意」


 短く答えて一礼したのは、これまで部屋の隅に控えていたアデル……彼女もベアトと同じ頃出産のはずなんだけど、お腹が目だたないのはなぜだろう。長身を翻して指示を伝えに行く姿は、相変わらず凛々しくカッコいい。


「そして今回はクラーラ姉も、重要キャストだ。頑張って舞台を務めてもらわないと」


「……ええ、頑張るわ」


 こうして、俺たちの逆襲は始まった。


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