第189話 騒ぎ立てる貴族

 一週間後。俺たちは再び王宮の、大広間に呼び出されていた。主だった王国貴族や騎士も揃った、総会モードだ。


 女王陛下の予想通り、ルイーゼの洗礼結果を知った貴族たちが、あれから次々と陛下に謁見を求め、後継者の見直しを熱っぽく説きにきたという。彼らの思惑なんか見え透いてはいるけれど、表向きは王国の将来を憂えての発言という建前になっているから、簡単に突っぱねることはできない。困ったていの陛下は、文武百官を集めた場で、今一度貴族たちの意見を聞く機会を設けると約束した……その結果が、この会なのだ。


「……というようなわけで、王国の将来には危険な要素があまたございます。帝国の干渉は陛下の御威光で退けたものの、西の異教徒たちがもたらす脅威は大きく、『魔の森』から溢れてくる魔物の数も、近年ますます増えております。このように不透明な未来を考えますれば、王国には強き指導者が必要でございます!」


 宰相の腰巾着という噂の伯爵が、滔々と持論を展開している。まあ、持論といいつつもそれは、ボス猿である宰相の言い分を代弁しているだけなのだが。ボスの教育がよっぽど行き届いているのか、そうだそうだという賛同のざわめきが、貴族たちの中に広がる。なるほどなあ、王宮っていつもこういう雰囲気なんだ。これじゃあ、陛下が自分の意向を通しにくいって嘆くのも、無理ないことだよな。


「ふむ。すると……卿の言う『強き指導者』とは、誰のことなのですか?」


「はっ、お許しを得て申し上げます。このたびご生誕遊ばされたルイーゼ殿下は、伝説の大賢者と同じく『二属性持ち』。その強い力で、王国を守り、民を率いて行かれるでしょう」


 はあ。確かに二属性持ちは貴重なんだろう、金属性と光属性を融合させれば、一つの属性しか持たない者にはできない、素晴らしい魔法を編み出すこともできる気がする。だけど、それが国を護ることに役立つかって言われたら、微妙だと思うぜ。おまけにルイーゼの魔力は、洗礼で見た限りAクラス……王族の中でずば抜けているとも言い難い。そしてそもそも金属性はクラフト特性なんだ、戦の陣頭に立つ力には、なり得ないんじゃないの?


 そんな穴だらけのロジックを展開する伯爵だが、その声はまるで役者のようによく通り、滑舌も爽やかだ。そして宰相の意を受けたのであろう多くの貴族が、ポイントで賛同の合いの手を入れて……広間は徐々に、大賢者ルイーゼ女王待望論に支配されていく。


「なるほど、卿はルイーゼを未来の王とすべきだと言うのですね。それも一つの見識です。だがルイーゼはまだ何もできぬ赤子、君主にふさわしき資質を具えるに、十数年はかかるでしょう。卿はそれまでの間、誰がこの国を率いるべきと主張しているのですか?」


 陛下の言葉に、周囲の貴族たちが息を呑むのがわかる。まさにこれこそ、宰相派が待ちに待ったタイミングなのだから。


「もちろん、ルイーゼ殿下の母君であらせられます、クラーラ殿下です! 長子相続はこの大陸の習いにて、クラーラ殿下からルイーゼ殿下へ王冠が引き継がれるのが、民も納得する自然な流れでありましょう!」


「なるほど、卿の主張は理解できます。ですが、さきに私は、第二王女ベアトリクスを王太女とし、次期女王の内示を与えております。卿は私に、言を逆しまにせよと言っているのですね?」


「はっ、さきのご宣旨は、このように並外れて優れた将来性を持つ御子が、王室に生まれるとは想定できない状況で下されたもの。しかし、ルイーゼ殿下のご誕生で環境は一変致しました。今一度王国の将来を考え直すことは、むしろ適切なことと思慮いたします!」


 腰巾着伯爵はここぞとばかりグイッと押してくる。ここで見直しても、貴族たちは女王を批判しないぞ、だから引き下がるなら今だぜベイビー、というわけなんだろうな。


「ふむ、これは私の一存では決められませんね。さあ、ベアトリクスよ。こういうことを言う家臣もおりますが……そなたはどう思いますか?」


 はたから見れば、ずいぶん意地の悪い質問だ。「お前をヒラ社員に降格したい部下がいる、どう思う?」とか部長に聞かれて、気持ちいい課長なんかいないだろう。まあ今回はこのやり取りも、シナリオに含まれているのだが。


「後継者指名は、母様……陛下の専権事項です。もし王国を取り巻くいろいろな事情が変わって、クラーラ姉様を王太女に変えることが適切と陛下がご判断なされたならば、私に異存があろうはずもございませんわ」


 感情の乏しいいつもの陶器人形顔でベアトが静かに答えれば、貴族の一部から喜びのざわめきが上がる。そう、ベアトを支持する貴族も一定比率いるのだから、彼女が暴れたら動乱になりかねないのだ。


「そうですか。ベアトリクスは王位にそれほど興味を示していなかったですからね。ならば、もうひとりの当事者に聞くとしましょう。クラーラよ、お主を次期女王に推そうという貴族が多いようですが、どう受け止めていますか?」


 それまで物憂げに視線を伏せていたクラーラが、その瞬間目を見開き、きっと顔を上げて一歩前に踏み出した。

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