第187話 この子、ヤバい?

 バーデン領のことも気にならないわけではなかったが、結局それからなんだかんだと一週間、俺たちは王都に滞在した。


 残り三ケ月ばかりになった国からの支援物資であるとか、細々ながらも産出が始まった魔銀鉱山の納品計画とか、官僚たちと詰めなきゃいけないことがいっぱいあったんだ。頑張ってくれてた護衛の女性たちにも、代わりばんこで街を楽しませてあげないといけないしなあ。


 まあ、領のことはマックスに任せておけばいいだろう、うん。


 そして、一週間っていうのには、ちょっと意味があったんだよな。クラーラの子……ルイーゼの、洗礼に立ち会いたかったんだ。


 もちろん、父親として式に臨めるわけもない。あくまで「妹の配偶者」という親戚枠でだけど、少し離れたところからでいいから、愛娘の「ハレの日」をしみじみと味わってみたかったのだ。


 式の直前、教会の控室で待つクラーラのもとへ、こっそりと忍んでいく俺。いやもちろん、ベアトの許可はもらっているから、浮気ではないぞ……ないよな?


「楽しみですね、クラーラ」


「ええ、こんな可愛い子ですもの。きっと優れた素質が顕れるでしょう」


 いや、見た目と魔法の才能は関係なかろう。そう突っ込みたい俺だが、クラーラの幸せそうな微笑を目にして、口をつぐむ。そして、お気に入りである俺の指を懸命に逃がすまいと小さな手で握る、まるで小動物のようなルイーゼの様子を、しばし楽しむ。


「どんな結果が出ようとも、全力で愛する存在であること、それは変わりませんので」


 きっぱり言い切るクラーラは、ずいぶん強くなったものだ。あんなに頼りなかった彼女なのに、やはり女性は子供が出来ると、変わるんだなあ。


 そして、儀式のときがきた。女王陛下とクラーラが一列目で見守り、ベアトと俺が二列目に座る。


 さすがに王族の洗礼だけあって、授けてくれるのは今日も、国内最高位聖職者である、あの枢機卿お婆ちゃん。なんだか意味ありそうないい笑顔を向けられてしまったが……ひょっとして俺の種だと、バレているのだろうか。


「八つの属性を司る女神よ、この高貴なる幼子の力を示し、その未来を嘉したまえ!」


 お婆ちゃんが高らかに宣して、ルイーゼの小さな身体を、聖なる水に浸す。まばたきもせず見つめる俺たちの目に、色鮮やかに発する虹色の光が映った。


「おお、クラーラ様と同じく、金属性か……これはめでたいこと」

「しかもあの明るさ……Aクラスでありましょうね。さすがSクラス種馬のブルーノ卿」

「素晴らしい。ベアトリクス殿下の御子次第で、また次期王位の議論が再燃するのでは……」


 後ろの席で、高位貴族たちが勝手なことを言っている。そういやこの子は表向き、スタッドブック三ページ目のブルーノ卿の種ってことに、なってたっけ。


「いや待て、あの光は何だ?」


 貴族の一人が、驚きの声を上げる。ぼうっとしていた俺も慌てて水盤の方を見直せば……ルイーゼを取り巻く虹色の光を貫くように、プラチナ色の光束が何本も放射されているじゃないか。


「プラチナ色は、光属性の印……ルイーゼ殿下は聖職属性をお持ちなのか?」

「でも、虹色の光も消えていないわ。あれはまごうかたなき、金属性よ」


 あり得べからざる光景に、貴族たちのざわめきは収まらない。やがてその一人が、何かに気づいたように声を上げた。


「まさかとは思うが……伝説の『二属性持ち』なの??」


 うん? それは、金属性と光属性を併せ持つということなのかな。大したものだと思うけど、ジーク兄さんから聞いていた限り、そんなやつは今この大陸には存在しないってことだったはずだが。


「そうだ、ルイーゼ殿下は二属性持ちだ!」

「いにしえの言い伝えにある賢者が、二属性をお持ちだったというわね」

「素晴らしいわ! 王室にそのような貴重な才能が生まれるなんて!」

「ルイーゼ殿下、万歳!」


 やっぱり、この子はそんな稀有な素質を持っているのか。少し嬉しいけど……貴族たちが口々にクラーラの子をほめたたえるこの流れは、あまり良くない気がする。


「おお、ルイーゼ殿下、万歳! クラーラ殿下、万歳!!」

「クラーラ殿下!」

「やはり王国の将来は、伝説の賢者様にお任せせねばならぬのでは……」

「となると、次期王位は……」


 やっぱり、こっちの方向に来るか。高位貴族の大半を占めるクラーラ派……というより宰相派の連中は、この驚くべき事態を、劣勢の次期王位争いを一気に逆転する千載一遇の機会と捉えたらしい。もちろんその目的は、賢者ルイーゼに国を率いさせるためではなく、言いなりになってくれるであろうクラーラを神輿に担ぎ、好き勝手に甘い汁を吸わんがためだ。


 その時、これまで無言だった女王陛下がすっくと立ち上がった。めいめい勝手に騒ぎ始めた貴族たちも、その姿を見て押し黙る。


「我が王室に、新しき稀有なる才能が生まれたことを喜びに思います。きっとベルゼンブリュックの将来を支えてくれるでしょう」


 それ以上余計なことを言うな、ということである。いつもは家臣たちに好き勝手言わせている陛下が珍しく発した圧力に、さすがの貴族たちも口をつぐんだ。


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