第186話 新しい生命

 すっかり力を使い切った風情のクラーラが、産湯を使って綺麗になってきた我が子の頬に、指で優しく触れている。なかなか、感動する光景だ。


 だけど、生まれてきた赤子の容姿は、今まで作ってきた十数人の子とは、明らかに違うものだった。


 これまで俺の種で作った子供は、母親の魔法属性を百パーセント引き継ぐだけではなく、容姿も母親のそれをほぼ受け継いでいて……俺には全く似ていなかった。


 しかし、この子はどうだ……産まれたばかりなのにしっかりと生え揃った髪は、輝く銀色。そして早くも開いたまぶたの奥の瞳は……エメラルドのように鮮やかな碧色。俺の形質ばかり受け継がれて、栗色の髪と茶色の目というクラーラの地味カラーが、全くみられないじゃないか。


「ね、ルッツ様。私の予言、当たりましたでしょう?」


 クラーラがいたずらっぽい表情で俺を見る。そうだ、彼女はこの子がお腹にいるときから「ルッツ様そっくりの美しい姫」って言い切っていたからなあ。


「ホントですね。どうしてわかったんですか?」


「どうしてでしょうね? 私にもわかりませんが、とにかく『視えた』のです」


 なかなかオカルトチックで怖いが、当たったんだから納得するしかない。どうも最近クラーラの能力が、身代わり人形といいこれといい……俺に対する執着方向に思いっきり振り切れている気がする。リーゼ姉さんが向けてくる信者モードよりさらに重量級で、受け止めきれるか不安な俺だ。


「本当に可愛いですね。自分に似てる子ってのはやっぱり、ひときわ大事に思えます」


 そう、なんだかんだ言っても自分の分身ってことが実感できるのは、嬉しい。俺の言葉に、クラーラが白い歯を見せた。


「私、幸せです。ルッツ様の隣には立てなくとも、こんなにそっくりな子……ルイーゼと、ずっと一緒にいられるのですもの」


 生まれる前からクラーラが決めていた、ルイーゼという名前……確かにこの美しい赤子に、そのやわらかな響きがしっくりとはまる。


「ルイーゼか……この娘が何事もなく元気に育つよう、俺も祈りますよ」


 俺が何気なく手を伸ばすと、ルイーゼはその小さな腕を振って誘ってくる。俺の人差し指が近づくと、もみじの葉っぱみたいな手で、ぎゅっと指先を握ってくるんだ。産まれたての子でもこんな力があるのかと、驚くほど強く。


「あ……ルッツ様、この子のオーラが……」


 うん、クラーラに言われるまでもなく、俺にも見えた。ルイーゼの小さな身体から、プラチナ色の光があふれ出すのを。


「これは……この子は、光属性なのでしょうか?」


 そうだ、プラチナ色の魔力は、聖職属性とも勇者属性とも言われる、光属性特有のもの。これまでの実例から言えば、クラーラの子は金属性……虹色の魔力を発するのではないかと思うのだが。


「先ほどまでは、弱いながらも虹色のオーラが見えていたように思うのですが……」


「う~ん、これは、洗礼が楽しみなような、怖いような……」


 まあ、どっちでもいいさ。金属性持ちならクラーラがこれでもかというくらい魔法の使い方を教え込んで、王族なんかバカバカしくてやってられないほど、錬金術で稼げる子に育てててあげるだろう。そして光属性なら……王族の光属性は貴重だ、教会に枢機卿候補、いや教皇候補として迎えられるかもな。

 

「どっちの属性であろうと、私にとってはかけがえのない、愛しいわが子です。立派に育てて、ルッツ様のお役に立つ子にしてみせますわ」


 え、なんで王族の姫を、俺に仕えさせる前提なの? やっぱりクラーラの愛は、重いわあ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「お疲れ様だった、ルッツ」


 ベアトの言葉通り、確かにぐったり疲れた。初産としては短いという数時間、ただ見守っていただけだというのに、身体がというより精神的に、すごく大変だった。きっとクラーラ本人は、この数倍疲れたに違いないが……それでもずっと慈母のような微笑みを浮かべていた彼女は、やっぱりお母さんなんだな。


 そして、じきに同じような体験をするのであろうベアトも、すっかりお腹をふくらませている。小柄なだけに、余計お腹が目立って……こんな小さな身体で子供を無事に産めるのかと、余計な心配をしてしまう。


「ふふっ、大丈夫だ。女の身体は子供を産むようにできているのだから。ましてやルッツの子が、私に災いをもたらすわけ、ないだろう?」


 ナチュラルに俺の思考を読んだらしく、ベアトがその陶器人形のような白皙の頬を緩める。後半の台詞はどうやら本人的に、デレのつもりらしい。まぶたを閉じた彼女のピンク色した唇に自分のそれを軽く重ねて……大事な宝物が納められているお腹に、そっと触れる。


「うん、楽しみにしてる。二ケ月後……くらいかな」


「助産師が言うには順調だそうだから、その頃になるだろう。その頃にはまた王都に……来てくれるのだろう?」


 俺を見上げるその表情は、彼女の代名詞である陶器人形のものではなく、まるで飼い主を見上げる仔犬のようだ。


「もちろん。だってベアトは、俺の妻じゃないか」


 腕の中で、金色の仔犬がワンと鳴いた気がした。


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