第25話 お姫様との婚約
「ちょっと、王女殿下、そんな簡単に……ご自身の、結婚なのですよ!」
中味オジサンの俺は、思わず身分を忘れてこの無鉄砲なお姫様に諫言などしてしまう。だってさ、俺たち、さっき初めて会ったばかりなんだぜ? 百歩譲って一夜のお相手ならともかく、いきなり結婚ってのは、ないだろ?
「そんなに不思議でしょうか? 王族の結婚など、式で初めて顔を合わせることだって、珍しくはございませんでしょう?」
王女様が小首を傾げれば、母たる女王様とおんなじ色濃い金髪が、はらりと揺れる。クールに輝く緑の瞳は、女王様の命令になんの疑問も抱いていないみたいだ。
よく考えてみれば、そんなものなのかも知れない。王家ともなれば、結婚はすべからく政略によるものだ。まして王太女候補筆頭の彼女とくっつける相手となれば、隣の国の王子様とか、そんなのばっかりになるだろうからなあ。結婚式まで顔を合わせないとか、マジでありそうだよな。
「だけど……俺みたいなのでいいんですか? 伯爵家の四男ですよ?」
「お母様が良いとおっしゃっているのなら、良いのではないでしょうか」
ずいぶん無邪気な答えが返ってきて、俺は拍子抜けだ。
「そう、卿の身分などどうでもよいのだ。別にベアトリクスが、卿に降嫁するわけではないからな」
「ってことは、ルッツが姫殿下のお婿さん……王族になっちゃうってこと??」
女王陛下の言葉に、今更ことの重大さに気付いて、わたわたと慌て始める母さん。気付くのが遅いんだよ。
「そうだ。うむ、この際だから、私の後継も決めてしまおうか。ベアトリクス、お前を王太女に指名するから、よろしく頼むぞ」
「仕方ありません……ですが、なるべく退位するのは先に延ばしてくださいね」
まるで「ちょっと買い物に行ってくるから留守番頼むわ」と言うような気楽な調子で、ものすごく重たいことを告げる女王陛下は大物だと思う。だが顔色も変えずに「いってらっしゃい、早く帰ってね」くらいのノリであっさりと引き受けてしまうこの娘も、たいがい大物だ。
「ねえエリザ、エリザ……そうすると、ルッツは……」
「うん、未来の王配ってことになるね。まあ、頑張ってよ」
おい、嘘だろ……
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺たちに迷う時間を与えないためだろうか。女王陛下がさっさと書記官を呼んで婚約の契約書を作成させると、もうそこには枢機卿猊下が証人として待っている……最初から仕組まれていたかのように準備万端だ。その御前で俺たち二人が書類にサインをする……ベアトリクス王女はさらっと自然に、俺はこちこちに緊張しながら。だけどもうこれで、俺と王女の婚約は逃げようもない事実になってしまった。
王宮が作った契約書は、やたらと事細かなところまで規定してある。俺が十五歳の成人を迎えたら婚姻を行うことは当然書いてあるとして、求められたら彼女のパートナーとして公式の場に同行することも決められている。そのくらいならまあ普通なんだけれど、婚約中も週に一回必ず二人きりで会うこと、しかし婚前交渉は子供がデキないようにいたしなさい、なんてことは契約書に書くことじゃないだろ。
そしてもし婚約破棄した際の罰則事項も明記してある……王女が俺を捨てた時には、俺に対し多額の慰謝料と領地を与えるとあるのに、俺が婚約を破棄した場合の規定はない。俺の側から婚約を破ることはない、いや絶対に破らせないぞということなのだろう。
驚くことに、結婚後は複数の配偶者をもっても良いという条項もある。俺と結婚した後三年間子供が出来なかったら、王女は二人目の配偶者を迎えるか種馬を選んでつがう権利を得る。俺はと言えば、王女以外の女性に種付けする時には、王女自身の許可を得ないといけない……これって、何気に高いハードルなんじゃないだろうか。だが、なぜか俺には三人を上限に、王女の他に妻を持つ権利が与えられている。次期女王と結婚する男が、堂々と側室?を持っていいというのだから、おおらかなものだ。
「世界で最も優れた種馬を囲おうというのだ、王室としても多少の優遇をせねばの」
「これだけ強い殿方なのです。私一人で、満足させて差し上げられるとは思えませんので」
側室条項を読んで首をかしげる俺に、女王陛下と王女がそんなことを言ってくるのだ。王女のコメントが微妙な方向にズレているように思えるのは、気のせいか……それとも王女の目には、おれが猿並みに見えているのか。まあ確かに「洗礼」の一週間は、猿だった自覚があるのだが。
そんなこんなで、契約が成立することには日もとっぷり暮れてしまっていた。さすがの母さんも疲れた風情でつぶやく。
「はぁ……今日は、いろんなことがありすぎて……早く帰って、寝ましょう」
「あら? 今晩は泊っていきなさいな、ヒルダ。もうそのつもりで、晩餐も用意してある。ヒルダの好きな、貴腐ワインもあるが?」
「……ごちそうになるわ」
こんなんで釣られるのが俺の母さんだ。俺も、早く寝たいんだけどなあ……
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