第24話 どうなっちゃうんだ?

「恐れながら、陛下」


「これっ、ルッツ!」


「構わぬ、言ってみよ」


 この陛下は、話が通じる方のはず。母さんは慌てているけど俺はこの際、言いたいことは言ってしまうことにした。


「なんだか俺を悪人のようにおっしゃいますけど、皆さんの命令通りに子作りをしただけの俺に、なんの罪があるんです?」


「無いな」


 あっさり躱されて、拍子抜けする俺だ。だが、羽扇を捨てて立ち上がった陛下の顔は、怖いくらい真剣だった。


「そう、卿にはなんの落ち度も、罪もない。だが、その力は強すぎる。野放しにしておくわけには、いかないのだよ」


「そんな、大げさな……」


「では、聡明なるルートヴィヒ卿に問う。今日、洗礼の結果を知った各家の反応は、如何であったかのう? まさに狂喜、何でもお主に捧げんというような反応ではなかったかの?」


 うっ、否定できない。ヘルミーネさんには絞め殺されるかと思うくらいぎゅうぎゅう抱きしめられたし、当主様も頭を地につけんばかりに何度もお礼を言われた。他の家からも大げさな感謝の言葉とともに、ある者は息子を従者に差し出すとか、またある者は寄り子の……まあ派閥みたいなもんらしいが……主家をウチの伯爵家に変えるとか、果ては屋敷をくれるとか領地を差し出すとか、家が傾きかねない謝礼を次々と申し出てきたのだ。もちろんそれはうちの当主たる母さんが、みんな丁重にお断りした。ただ一家、アヤカさんたち「闇の一族」の忠誠だけを除いて。


「さて、遅かれ早かれ今日の結果は、国中に知れ渡る。そうなれば貴族たちはどう動くであろうの? カネに物をいわせ種付けをねだるくらいなら害はないが……そなたを我が物とし、自分の寄り子のみに選ばれた尊い種を分け与えると宣言する者がいればどうなる? その派閥はあっという間に巨大化し、その権勢は王家を凌ぐものになるだろうの」


 うぐっ。それを否定できない俺は、それ以上の言葉を飲み込む。


「では、ルッツを罰すると仰せになるの? ねえエリザーベト!」


 きっと顔を上げた母さんが、礼節をかなぐり捨てて叫ぶ。そういや母さんと女王様は、一緒に戦った親友だと聞いてたけど……まさか母さんまで、無礼討ちとかなんないよな。


「いや、そこまでは……まず話を……」


「お願いエリザ、命だけは助けて! 一生蟄居でも、修道院でもいいから!」


 いや、母さん。蟄居や修道院はいやだよ、俺は。そう思いつつ陛下にもう一度目を向ければ、母さんのあらぬ暴走に、やや呆れ戸惑っているようだ。


「ああヒルダ、落ち着け、とにかく話を聞いてくれ。処刑も幽閉も出家も考えてないから」


「じゃあ、ちょん切るの?!」


 おい母さん、何を切るんだよ。ああ、ナニを切るのか……そんなオヤジギャグを飛ばしている場合じゃない、俺は宦官になるつもりはないぜ。


「わかった、脅したのは悪かった、許せヒルダ。確かにルッツの才能は危険だが、国を大きく強くし、守るためにも資する力だ。そう簡単にぶった切ったりしないよ」


 陛下まで切るの切らないのと……俺は思わず股間を押さえてしまう。


「ルッツには、この才能を活かしてもらう……だが、叛意を抱く者に利用されるのを防ごうと思ったら、自由に種付けを許すわけには行かない。それはルッツにとっても危険だろう」


 どうやら「息子の息子」が切り取られないことを納得して落ち着いたらしい母さんは、こくこくとうなずいている。


「不本意かもしれぬが、ルッツの種付けは、王室の決裁案件とする。王室の者が許した相手とのみ、つがうものとさせてもらう」


「ルッツが安全なら、それでいいわ」


 母さんが二つ返事で承諾する。この世界では俺の意見など屁のようなものだ、家長たる母さんがオッケーした瞬間、俺は王家の飼い犬……いや、飼い種馬になることに決定したのだ。


「ありがとうヒルダ、ルッツの立場と安全は、王家が責任を持って守るわ……そうするためには、ルッツの種付けを王家が管理するための、大義名分が必要よね」


「大義……名分、ですか?」


「そう。今のままだと君の種付を裁可する権限は、家長たるヒルダにある。伯爵家には、よこしまなことを考える奴らが、あれやこれやの策略を使って、わんさか押し寄せるだろう。そういうのをさばく才能が全くないヒルダに代わって王家が取り仕切るためには、それが当然と皆が認める外形が必要だ、わかるな?」


「外形というと……もしかして?」


 ああ、これはめちゃくちゃやばい流れだ。俺を管理する権限を王家が持つことに、誰も異存を唱えないようにする一番楽な手段は、俺を王族にしてしまうこと。そしてそれを一番手っ取り早くやる方法は……


「ああ、鈍いヒルダはわけわかんないって顔してるけど、賢いルッツ君は気づいたみたいだな。そう、この問題を解決するには、ルッツ君を王家のお婿さんにするのが、一番早い。そうなると相手はこの、ベアトリクスしかいない。そういうわけだからあなたたち、結婚しなさい」


「ふえっ……」


 間抜けな声を漏らしてしまった俺と違って、二つ年上だというベアトリクス殿下は、落ち着いていた。陶器人形のように恐ろしいほど整った顔の表情すら変えず、静かに口を開いた。


「それが、国のため、お母様のために、なるのでしたら」


 ええっ、承諾しちゃうの?





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